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2009年7月11日 (土)

A・タルコフスキーの「鏡」を久しぶりに観直す

 先日、引っ越して以来たまに通っている大阪府立図書館へ借りていたビデオとCDを返却し、コーナーを見ていたら何とアンドレイ・タルコフスキーの「鏡」(1975年、日本公開は1980年)のビデオがあるではないか!ミクシイでタルコフスキー・ファンの若者と応答していて、アカショウビンが若い頃に池袋の文芸座でS・キューブリックの「シャイニング」を観に行った時に二本立てのこちらの方に驚愕したことを想い出す。A・タルコフスキーは「惑星ソラリス」という今ではS・キューブリックの「2001年宇宙の旅」と同様にSF映画の古典となっている作品を観ていらい関心を持ち続けている映像作家なのである。その後はイタリアで撮影された「ノスタルジア」(1983年)にも深く挑発された。巷間、難解な作品が多い監督として敬遠されてもいる人だが虚心に作品と正面すれば映像は殆ど詩的映像とも思える奥深い映像が満ち溢れているのに驚嘆する。

 さすがにロシアの監督らしく「鏡」にはチェーホフやドストエフスキー、プーシキンの作品や手紙が引用される。同作で回想される監督の母親を友人の女性が「あなたは女王気取りでマリーヤのようね」と詰るシーンがある。「それは誰?」と訊ねると彼女は「悪霊」のレビャートキン大尉の妹で兄を口汚く罵る、スタヴローギンの口うるさい妻よ、と答える。これはタルコフスキーが聞いた母親の実際の話なのかどうか詳らかではないけれども、母親の友人がドストエフスキーを持ち出して口喧嘩するのが実にロシア映画であるな、と感心した次第。その母親は監督の父である亭主に愛想をつかされ離婚している。それはタルコフスキー少年のトラウマとなって刻まれたのであろう。この自伝的作品にはタルコフスキー作品のキーワードとも言うべき水音や雨滴の雫の映像がそこここに挟まれている。

 その映像は「物語」を語るのでなく記憶の断片を映像化する詩的映像とでも言えるような映像に溢れている。水音に代表される繊細な音と映像と共に多用されるバッハの受難曲の奥深い音楽が観る者をタルコフスキー・ワールドに引き込む。その中ではプーシキンが友人のチャダエフに宛てた祖国愛に満ちた手紙を監督の少年時代と思しき子役が老婆に命じられ朗読する内容も実に面白かった。その部分は次のように翻訳されている。

 「疑いもなく 教会の分裂は 欧州からロシアを引き離した 欧州を揺るがした出来事に我々は関与していない しかしロシアにはロシアの使命があった その広大な大地は 蒙古の浸入をのみこんだ タタール人は 西の国境を越えようとせず やがて退いた かくしてキリスト教文明は救われたのだ その使命のため ロシアは特異な在り方を強いられ 故に他のキリスト教国とは全く異なるキリスト教世界を形成した ロシアが歴史的に無価値であるという意見 それには断固 異を唱える ロシアの状況をよく見れば 後世の歴史家も目を見張るはず 私個人は皇帝の忠実な民です しかし 現状に満足しているとは言い難い 文学者として苛立ち 人間として屈辱を覚える しかし誓って申し上げる 私は祖国の変革も 他のいかなる歴史も望みはしない 神がロシアに授けた歴史以外・・・チャダエフ宛て プーシキンの手紙 1836年10月19日付」

 これはドストエフスキーはじめロシアの知識層が共有していた祖国ロシアへの、複雑な、と注釈すべき愛国心というものだ。しかし、その後、欧州ではニーチェが「神は死んだ」と託宣しユダヤ・キリスト教文化に染め上げられた西洋の歴史に違和を唱える。それはまた異なる文脈で論じなければならない論点であるけれども。

 この作品には、第二次世界大戦の時の実写フィルムや水爆実験の映像、毛沢東語録を振りかざす紅衛兵の子供たちの映像も挟まれていて作品を構成する時代背景も想起され興味深い。

 この実に詩的映像に満ち溢れた作品を支えている力があるとしたらハイデガー的に言えば有(存在)や現有(現存在、人間)の震えが発する磁場の如きものとでも言えるだろうか。

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コメント

書かねばと思いつつ、そうこうするうちに、アカショウビンさんにこのように格調高く鋭く書いていただきますと、書くことが無くなってしまいます。(笑)
mixiのコメントと出だしは重複しますが。

言葉では表現できない、言語の限界を超えたより深い豊かな表出を映像詩のように製作したのが、この「鏡」と言う作品なのだと思います。
ストーリーはあって無きようなものですし、交わされる言葉の意味深長なこともありますが、そのようなことを超えて、直接映像から(観ることから感じられる)伝わる圧倒的なタルコフスキーの深層心理の深遠を感じさせられてしまうからです。その深層心理から過去の記憶のイメージが呼び出され現在のイメージにシフトし、震撼するのです。
水や火のうねりのような描写や、プロットとして入る世界の歴史的ドキュメンタリーなど。
ニュース映像のメタファーがタルコフスキーの自分史の家族(具体的には父と母)の感傷的な体験のバックグラウンドをなし、過去と、現在が入れ子状態で行き来する。その節目節目のスロットに、鏡像現象、マジックとして文字通り「鏡」が出現する。
思いつくまま書いていますのでまとまりなくて恐縮です。

先日は、mixiで成り行き上フェリーニの「アマルコルド」と比較して「鏡」のことを書こうと思ったのです。
何故ならどちらも、少年期の多感な時に、父や、母との別れがあり、それがあの時の時代情況の戦争やファシズムとシンクロナイズしてただの感傷的なノスタルジーだけに終わるのではなく広がりをもった普遍的な映画に仕上がっていると思ったからです。
タルコフスキーのモノトーン的な重苦しい静寂とフェリーニの極彩色でペーソス溢れるユーモアとエネルギーは好対照です。
片やロシア的(ソ連でしたが)、もう一方はイタリア的といえるでしょうか。
しかしどちらの映像も詩情溢れるものでした。

どちらが好きかと問われれば、わたくしはやはりフェリーニのほうがタイプなのです。フェリーニの人懐っこい温かい眼差しに感じるからです。フェリーニならではのドンちゃん騒ぎの楽しさの中にも切ない哀しさが見え隠れします。
平凡な営みの中に否応無しに押し寄せる大情況の荒波に翻弄されるかと見えながらも、したたかな庶民は、萎えないで逞しく精一杯日々を送る元気さと明るさと賢明さを備えています。
春になれば、必ずあの美しいポプラの綿毛が飛び交います。世界で何が起ころうとも、わたくし達の人生がどうであろうとも。
楽しくもあり、悲しくもある人生をセンシティーブにポディティーブに見ているフェリーニのヒューマンな眼差しに共感します。

投稿: 若生のり子 | 2009年7月14日 (火) 午後 07時00分

若生さん コメントありがとうございます。

 >フェリーニの人懐っこい温かい眼差しに感じるからです。フェリーニならではのドンちゃん騒ぎの楽しさの中にも切ない哀しさが見え隠れします。

 ★それは私も「アマルコルド」という作品の急所のように思います。

 >春になれば、必ずあの美しいポプラの綿毛が飛び交います。世界で何が起ころうとも、わたくし達の人生がどうであろうとも。

 ★本当に。先日、久しく観ていなかったビデオを引っ越しを機会に何本か観直したのですが、その中に開高 健追悼の番組を録画したものが出てきました。開高が亡くなる前に英国やモンゴルで魚釣りをした映像で構成されています。私は若い頃に開高のファンだったのです。番組の最後は、鮭も人も死ぬけれども河は眠らない、という開高の言葉で締め括っていました。
 地上をポプラの綿毛が飛び交うように、鮭が死に、開高 健が死んでも河や自然は、この世に在り続けます。いつかそれも消え失せるにしても。
 「アマルコルド」の最後のシーンは本当に、おっしゃるような感慨に浸らせられます。

投稿: アカショウビン | 2009年7月15日 (水) 午前 10時48分

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