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2009年7月18日 (土)

音の快楽

 たまたまテレビの電源を入れると画面にランランというピアニストがメンデルスゾーンの第1番のピアノ協奏曲を弾いている。この作品が高名なヴァイオリン協奏曲ほどには演奏される機会はないだろう。ところがソリストと指揮者が絶妙の掛け合いで演奏する音楽の何と楽しいこと!指揮のR・シャイーもN響アワー以来久しぶりに姿を見た。しかし何と生き生きと楽しそうに指揮していることだろう。演奏終了後はランランも快心の演奏と見えてガッツポーズ。会場はスタンディング・オベーションで悦びを伝えていた。何と幸せな空間と音がそこにあったことか。その後は交響曲第3番「スコットランド」だ。そういえば今年はハイドン没後200年でメンデルスゾーン生誕200年なのだ。何ヶ月か前はC・アバドの若い頃のCDで交響曲全集から幾つか聴いたばかり。

  しかし素晴らしい演奏だった。それにしてもライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の何といういう柔らかで馥郁とした響きだろう!アカショウビンが若い頃に聴いた音はもっと渋く燻し銀のような響きだったのではなかったか。特にピアノ協奏曲のピアノとの掛け合いの軽快さの中で響く音の奥深さは昔の響きが微かに幻聴のように聴けたが思い入れのせいかもしれない。木管の表情も豊か。アンコールは交響曲5番の3楽章という選曲もメンデルスゾーンの作品の楽しさと好対照の深い祈りのような音楽に心安らぐ。もう一曲は「真夏の夜の夢」から結婚行進曲。指揮者のサービス精神というものだろう。

 これで終わりかと思ったら何と次は長らく同オーケストラの常任を務めたクルト・マズアの登場である。曲はアンネ・ゾフィー・ムターを迎えてヴァイオリン協奏曲。出だしはソリストも指揮者も少し小難しく構えるところがシャイー、ランランのコンビと好対照だ。それでもアカショウビンが西洋音楽にのめりこんだきっかけの一つとなったこの名曲を久しぶりに聴いてメンデルスゾーンという音楽家の才能と才覚の素晴らしさを痛感する。ハイドンにしろ200年以上も演奏され続ける作品は幸せであり、聴衆の表情からは、それを支える文化風土の音楽への愛情の深さも伝わる。

 さて我々が生きるこの時代に、これからさき200年間聴かれ続ける音楽はあるだろうか?あるかもしれない。しかしクラシック音楽というジャンルの音楽が人間の歴史の中で持つ命もたかが知れている。いつか異なる響きが人間達を魅惑するだろう。しかし、アカショウビンの生きる時間の中でこのような音楽に没頭し何やら悦びと「崇高」な音楽に出会い楽しめることはさいわいである。

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