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2009年6月21日 (日)

アンチ・ロマンあるいはアンチ・モダン

 ネットをあれこれ眺めていると埴谷雄高コミュというサイトで紹介されていたYou Tubeの映像で埴谷の語りを久しぶりに見た。かつてNHKで放映されたものが殆どだったが、「死霊」の読者としては改めて晩年の氏の熱い語りと「死霊」創作の構想を再見し刺激されて面白かった。あの作品を「小説」と分類していいのかどうか判然としないが巷間喋々される「哲学小説」という評の圏域でアカショウビンは読んだことは告白しよう。ネットでは若い人たちの異なる考えも散見され、それはそれで新たな読み方がされて興味深いけれども。

 「死霊」という小説は既存の小説と異なり実に多弁な登場人物たちが「哲学的」論説を展開する。それはドストエフスキーに震撼させられた埴谷という人が日本語の「小説」で新たな試みとして成功した作品なのかどうか詳らかにしないけれども、若い頃から読み続けて実に興味深々だったことは白状する。

 「死霊」は文庫になり若い読者も増えているようだが、どのように読まれているのか好奇心もある。かくいうアカショウビンも、どれほど深く同作を読み抜いたのか心もとないけれども。学生時代以来の友人は、あれは「小説として面白くない」とニベもないが、それで済まされる作品とも思えない。

 これまでにない新たな思考・思索と思える作品に出会える面白さは読む者を新たな次元に誘う。そこで韜晦し溺れる者も多いだろうが、それを潜り抜けて新たな境地を開くことも可能だろう。アカショウビンは「小説」というジャンルに飽きて埴谷の評論や座談で、対象としている作品や座談相手の著作のほうに興味が移っていったけれども。

 グールドの演奏も、そのようにアカショウビンは理解して楽しむのだ。そういった演奏、思索・思考を拡張すれば、アンチ・ロマン、アンチ・モダンとも形容することが出来るのではないかと妄想する。埴谷が執拗に追求する「虚体」への興味も、その試行錯誤が実に面白いからだ。元来の不精で最近は疎かになっている保田與重郎の読解も埴谷の思索が面白い契機となって再読する切っ掛けになるのではないか、と埴谷の熱い弁舌を見聞きしながら思った。

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コメント

こんにちは。
埴谷雄高「死霊」とは、懐かしい書名です。昭和47年春、はじめてこの小説に接したのですが、地域の公民館に在った文学サークルでした。講師は私と同年の30代初めの大学講師、何故「死霊」みたいな物を、殆どが、普通の家庭の主婦である受講生に読ませようとしたのか、分かりませんが、これが小説なのか、こんな作品があるのかと思いつつ、ちっとも面白くなくて閉口した事だけ覚えています。
今思うと、殆どが私のひと世代上の女性達でしたが、戦時中ロクな教育も受けず(講師の弁です)、どっぷりと家庭のぬるま湯に浸かりながら、何かを掴みたいと必死になっていた女性達の気持ちに、ドカンと風穴を開けたたかったのかも知れません。
私も、その人達のひたむきな熱意に圧倒されて、いじめられながら、難解なこの小説を、一生懸命読もうとしました。そんな自分の若さが、今となっては、懐かしく、いとしく思われます。

投稿: Clara | 2009年6月22日 (月) 午後 04時41分

 Claraさん

 >ちっとも面白くなくて閉口した事だけ覚えています。

 ★まぁ、私も似たようなものです(笑)。ただ探偵小説的な仕掛けとドストエフスキーやカント哲学を小説で超越しようという遠大な構想があるらしい、と手探りで読み継いでいきました。

 >どっぷりと家庭のぬるま湯に浸かりながら、何かを掴みたいと必死になっていた女性達の気持ちに、ドカンと風穴を開けたかったのかも知れません。

 ★その意気や好しと思います。

 >私も、その人達のひたむきな熱意に圧倒されて、いじめられながら、難解なこの小説を、一生懸命読もうとしました。そんな自分の若さが、今となっては、懐かしく、いとしく思われます。

 ★それにしても長い中断から再開し書き続けた埴谷雄高の意志は誰か新たな才能を持った継承者が出てくると期待したいところです。

投稿: アカショウビン | 2009年6月22日 (月) 午後 10時19分

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