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2009年6月30日 (火)

深夜の妙音

 ここのところ夜中に目覚め、眠られぬままにラジオの深夜放送を聴くことが続いている、先日の小沢昭一氏のあとは鳥越俊太郎氏。昨夜の夜明け頃と今暁の二晩にわたって聴いた。氏が学生時代に合唱部に在籍していたという事は初めて知った。周知の通り氏はガンに罹患しそれを公表しておられる。市井の人々と違いマスコミ人としての職業意識もそこに作用しているのだろう。この世に生をうけ数十年を経て病に罹り闘病を余儀なくされる日常は健常者にはなかなか窺い知られぬ心身状態だと思われる。病の軽重によってもそれは異なる。

 鳥越氏の話はマスコミで露出する報道とは異なり穏やかで真摯なものと好感した。昨年から愛嬢とライブコンサートを精力的に行っておられるようで、親子で歌う「愛の賛歌」も味わい深く聴いた。番組の最後に、お好きな曲としてリクエストしたジャニス・イアンの「Will You Dance?」」を久しぶりに深夜の妙音とでもいう思いで聴いた。リクエストした理由は明かされなかったけれどもアカショウビンは「岸辺のアルバム」というテレビドラマで効果的に使われていたことを想い出す。おそらく鳥越氏も、あのドラマを観ておられるのではないか。それでジャニス・イアンを好きになられたのではなかろうか。岸辺のアルバムとは多摩川の氾濫で一軒家と共に流された家族の思い出の写真集である。最近は写真でなくビデオかもしれないが、かつては多くの家庭で子供の成長と共に折々の家族の姿を写真で記録していたものだ。

 氏はガンと闘うのでなくガンと共存しながら、と言われる。同意である。新聞や雑誌、単行本に至るまでマスコミに露出する多くの「物語」は当事者には無縁の「神話」のようなものである。親子といえど第三者は、そのような物語に依拠したくなる。しかし死は恐らくそのようなものではない。それは苦しみながらも静かに受け入れざるをえない事実なのだ。自らの人生を振り返り、氏は家族との思い出をあの曲で反芻されたかったのかもしれない。氏の語りを聞くと、それは苦しみと共に大きな悦びともなって氏の精神を震わせているように聞こえたからだ。

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コメント

こんばんは。

僕も「岸辺のアルバム」好きでした。再放送でしたが。
挿入歌?も好きでした。
洋楽には疎いので、題名は覚えていません。
当時は多摩川の名前も知らなかったので、東京に住んでいる
今なら、また違った見方になる気がします。

そういえば最近は、昔のドラマの再放送はあまりないですね。
終わったばかりのドラマの再放送はよくやっていますが。

投稿: 初代たじまる | 2009年6月30日 (火) 午後 11時12分

 初代たじまるさん、コメントありがとうございます。

 >僕も「岸辺のアルバム」好きでした。再放送でしたが。

 ★その頃かその前か、「家族の崩壊」という言葉でマスコミで喧伝された現象は新聞報道や論説家などが紙面や活字で喋々し頻繁に露出してきたことを思いだします。放映時の視聴率はそれほど高くもなかったようですが、その後、多くの視聴者の関心を集めたのも、あの番組がそれを真摯に描きあげ単なる家族の崩壊でなく家族の再生のドラマとして提示したことによるものではないかと思います。データでは1977年6月24日から9月30日までの放映となっています。

 
 >当時は多摩川の名前も知らなかったので、東京に住んでいる今なら、また違った見方になる気がします。

 ★多摩川の水害は1974年。19棟の家屋が崩壊・流出したようです。私も、もう一度、見たいドラマです。アカショウビンは高校生の頃から八千草 薫さんの熱烈なファンなのです(笑)。

 >そういえば最近は、昔のドラマの再放送はあまりないですね。終わったばかりのドラマの再放送はよくやっていますが。

 ★昼間のテレビで垂れ流しているのは、あのような時代を鋭く抉る佳作ではなく、陳腐な刑事ドラマと時代劇です。

投稿: アカショウビン | 2009年7月 2日 (木) 午前 02時48分

ジャニス・イアン懐かしいですね。「岸辺のアルバム」も。
あの頃は、TVで不倫やよろめきドラマが流行り、それまでは昼の時間帯のメロドラマでしたが、それが夜のゴールデンタイムまで進出し、かなりリアリティーのあるものに変化しました。それまでは浮気は男性の専売特許のようでしたが、女性の反乱が勃発しました。(笑)
男性にとって永遠の恋人、清純そのものの八千草薫が竹脇無我との白昼の不倫、意表をつくものでしたが、家族それぞれの本音が出ていてそれまでにない展開のホームドラマでしたので新鮮でした。
八千草薫さんは、岡本の隣人です。つい最近は砧公園で早朝の犬のお散歩でお会いしたことがありますし、かってはよく玉川高島屋でお見かけしました。熱烈なファンのアカショウビンさんにとっては羨ましい限りでしょう。
ジャニス・イアンと言えば、わたくしがアメリカに滞在していた頃(2003年)同性愛者であることをカミングアウトして、長年のパートナーだった女性マネージャーと正式に結婚して大きな話題を呼んだことを思い出します。わたくしの居たチェルシーは、ゲイピープルの町でした。

投稿: 若生のり子 | 2009年7月 3日 (金) 午前 02時21分

 若生さん

 >それまでは浮気は男性の専売特許のようでしたが、女性の反乱が勃発しました。(笑)

 ★そうなんです。あの少し前は「ウーマン リブ」という言葉もマスコミを徘徊していました。

 >男性にとって永遠の恋人、清純そのものの八千草薫が竹脇無我との白昼の不倫、意表をつくものでしたが、家族それぞれの本音が出ていてそれまでにない展開のホームドラマでしたので新鮮でした。

 ★同感です。私は高校生の頃、ハイミー(確認していませんが)という商品の広告に登場していた八千草さんのポスターを壁に貼って拝顔し、無謀にも、こんな女性と将来は結婚したいものだ、と溜息をついていました(笑)。


 >八千草薫さんは、岡本の隣人です。つい最近は砧公園で早朝の犬のお散歩でお会いしたことがありますし、かってはよく玉川高島屋でお見かけしました。熱烈なファンのアカショウビンさんにとっては羨ましい限りでしょう。

 ★それは実に実に地団太踏んで(笑)羨ましい思いです。これから新幹線に飛び乗り都内へ行き、砧公園で野営(笑)し八千草さんのお姿を遠くから拝謁したい思いです(笑)。若生さん、機会がありましたら大阪から熱烈なファンが心からご長寿を熱祷していると御口添えください。新作の「ディア ドクター」は斎戒沐浴して観るつもりです。
 
 >ジャニス・イアンと言えば、わたくしがアメリカに滞在していた頃(2003年)同性愛者であることをカミングアウトして、長年のパートナーだった女性マネージャーと正式に結婚して大きな話題を呼んだことを思い出します。わたくしの居たチェルシーは、ゲイピープルの町でした。

 ★その事は、先日ウィキペディアのデータを調べて初めて知りました。若い頃に一度、男(たぶん性的な男性と思われますが)と結婚し離婚しているようですね。生まれながらの同性愛者なのか詳らかにしませんが、今が幸せな日常をおくられているのでしたら、それに過ぎるものはないと思います。

投稿: アカショウビン | 2009年7月 3日 (金) 午前 08時03分

若い頃は、八千草薫さん。
この頃は、吉永小百合さん。

ハードルが高すぎますよ!!!

このような方たちは、あくまでも銀幕のスターです。
憧れの的、日常的な存在ではありませんヨ!

あっ、だから独身主義者ナンダ!!!!

八千草さんは先日の「鶴瓶の家族に乾杯」にでていらっしゃいました。TVは時間が無くて殆ど見れないのですが、この家族に乾杯と大喜利 (笑点)だけは出来るだけ見るようにしています。

“スターは雲の上”、どうであれ日常的な人間性を見たくないものです。

投稿: 若生のり子 | 2009年7月 3日 (金) 午前 09時50分

 >あっ、だから独身主義者ナンダ!!!!

 ★そうではありません(笑)。アカショウビンは極力、「主義者」であることを拒絶し今生を生きたいと望む者です。生涯の伴侶を得ていないことは、ただただ不徳によるものであります。
 漫然とアカショウビンも銀幕のスターに妄想しているわけではありません(笑)。ダラダラと好き放題の人生を過ごし婚期を逸してしまったにすぎません。しかし未だ良いご縁があれば、いつでも共に暮らす用意はあります(笑)。
 母が鶴瓶の番組が好きなので、私もたまたま、その北海道での映像を拝見しておりました。いかに映画での御縁とはいえ、ヘッポコ噺家(失礼)が大女優と同行するなど、私はブラウン管へ向けて思わず怒声を発しそうに(笑)になりましたが、まぁ、さすがに芸人の端くれで、八千草さんへの敬意を十分に感じ取りましたので赦して(笑)やりましたが。

投稿: アカショウビン | 2009年7月 3日 (金) 午前 10時33分

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