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2009年6月12日 (金)

ピアニスト

 辻井伸行氏のヴァン・クライバーン国際コンクールでの優勝報道のお祭り騒ぎのおかげでネットでは彼の演奏が目白押しで幾つか聴くことができた。1962年に始まった同コンクールでは初の全盲の優勝者。優勝は中国の青年と分け合い、準優勝は韓国女性だ。アジア・パワーが米国を席巻し圧倒した感が悦ばしい。ネットの映像を見ると辻井氏の演奏に米国の聴衆がスタンディング・オヴェイションで応えているのにはこちらの胸まで熱くなった。ネットでベートーヴェンの「熱情」ソナタとショパン、リストを演奏しているのを聴いたが、それは見事な選曲と演奏だ。リストの「ラ・カンパネラ」はCDでは昨年聴いたフジ子・ヘミングの演奏(1973年と1998年の二つの演奏が収録されている) が素晴らしかった。辻井氏の演奏はフジ子さんの深さと老獪さとは異なる若さに溢れるこれも入魂の演奏だった。

 辻井氏の姿を見ていて、衝動的に、購入以来一~二度しか聴いていなかったグレン・グールドのLD(ザ・グレン グールド コレクションⅡ)を引っ張りだして聴いた。晩年の「ゴルトベルク変奏曲」の制作過程の映像も挟まれているものだ。グールドはアカショウビンがFM放送やレコードで聴き始めてからしばらくして1982年に50歳で逝った。早すぎる死だった。この稀有のピアニストの録音を最初に聴いたのはグールドの名を一躍世界に電撃的に広めた1956年モノラル録音の「ゴルトベルク変奏曲」。渋谷の「らんぶる」という名曲喫茶で友人と駄弁りながら演奏者を知らぬまま聴いて驚愕した。それからはレコードでグールドの演奏を聴きまくったものだ。アルバイトで食いつなぎながら人生でもっとも音楽に飢えていた時だった。それにしても再録した「ゴルトベルク~」は最初の録音とは対照的なテンポと深みが素晴らしい。老眼なのか度の強い眼鏡をかけピアノのキーに触れんばかりに顔を近づけて演奏する姿はバッハが憑依したような鬼気迫るものがある。インタビュアーとの対話も生涯を通じてバッハの作品を深く独創的に読み抜き、習熟、精通したピアニストならではの含蓄に満ちている。

 面白いのはベートーヴェンの中期の作品をこき下ろしているコメントだ。名作「熱情」ソナタもグールドにかかれば殆ど駄作の如しである。そこが実にユニークで孤高のピアニストの面目でもある。昨年は中古のレコードで、そのグールドの「熱情」を購入し面白く聴いたのであるけれども。それにしても、あれほどバッハを縦横無尽に演奏したピアニストはもう現れないのではないか。50年間の人生はモーツァルトからすれば長生きだが老いて更なる深みに達した演奏も聴きたかった。

 辻井氏の凱旋公演の過密スケジュールを見ると配慮が足りなさ過ぎると腹立たしくもなる。グールドは時代の寵児になりコンサートに引き回され数年後にコンサートを拒否しスタジオに籠る。そこで完璧を求めてテープを継ぎはぎした録音を次々と世に出す。それは一つの選択でカラヤンと同様にコピー文化を逆用した皮肉も看取するけれども、身心的に健康的とはいえないようにも思えた。もちろん音楽が「健康的」であれば良いというものでもない。しかし、それが寿命を縮めることにもなったのではないか。

 辻井氏には何でも演奏できる器用なピアニストではなく、グールドのように特定の音楽家のスペシャリストになってほしいと思う。まだ20歳、前途は洋々、可能性に満ち溢れているが人生は長いようで短い。単なる暗闇ではないだろうが不可視の世界の中で豊饒な音楽の世界を探検し大きな果実を実らせて頂きたいと心から願う。

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コメント

今晩は。
たまたま数日前、グレン・グールドの「ゴルトベルク・・」をCDで聴いたばかりだったので、コメントしたくなりました。
私の聴いたのは、1981年の4月から5月にかけて、ニューヨークで録音された物のステレオ盤ですが、晩年の演奏と言うことになりますね。
はじめは、最初の方だけと思っていたのが、途中で止められなくなり、終わりまで聴いてしまいました。
1956年盤は、また違う印象を受けるのでしょうね。機会があれば、聴いてみたいと思います。

投稿: Clara | 2009年6月14日 (日) 午前 01時52分

 Claraさん

 コメントありがとうございます。グールド自身が「同じ作品の再録はほとんどしないけれども」とコメントしているように「ゴルトベルク変奏曲」は彼自身にとっても特別な意味を持った作品なのかもしれません。翌年に亡くなっていることからすれば人生の起承転結を考えたのかもしれません。でも映像を見るかぎり、それほど体調が悪いようにも見えませんでしたが。インタビュアーのブルーノ・モンサンジョン氏の質問に答えるなかで改めて彼の中でバッハの作品が血肉化されているのを痛感し早世が悼まれました。
 私も1956年盤と共に他のグールドの演奏を聴き直してみようと思います。Claraさんのご感想も是非お知らせください。

投稿: アカショウビン | 2009年6月14日 (日) 午後 01時07分

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