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2009年5月14日 (木)

ハイドンは楽し

 レコードやCDが殆どだが、音楽の楽しみはアカショウビンの道楽である。今年はハイドン没後200年。年初に目指した交響曲全曲聴覇は遅々として進まないが、この世に棲む日々の楽しみは西洋古典音楽とジャズ、少年時代に聴いた歌謡曲、欧米のポップス、故郷の島唄を聴くことである。新聞や書物の読書に倦めば音楽を聴く。

 ハイドンの音楽はモーツァルトやベートーヴェンの作品と交錯する。その天才たちからすれば、その「職人芸」は一歩譲るにしても凡百の作曲家たちと比べれば謹聴に値する。学生の頃に詩人の清岡卓行氏がアンタル・ドラティ盤で交響曲を聴くことが楽しみだということを新聞の文章か何かで読みレコードを数枚購入して聴いた。それは確かに素晴らしかった。その後、CDでも分売されたセットをいくつか購入し楽しんでいた。それが今年、没後200年でドラティの全集も安く発売された。しかし、こちらは無職・無収入の身である。買いたいけれども我慢。所有するレコードとCDは引っ越しのおりにも段ボールに詰め込んでいる。未だ段ボールをすべて開梱しておらず聴くことは叶わぬけれども今年は半年以上ある。継続して全曲聴覇と他作品も聴き続けたい。

 昨年はヨッフムのCDを、よく聴いた。その感想を別ブログから転載し、引き続きハイドン作品を楽しんでいこう。

 1967年11月にヨッフムがドレスデン・シュターツカペレを指揮しルカ教会で録音したCDでハイドンの第98番の交響曲を聴いた。この二枚組のCDには他に交響曲93番・94番「驚愕」・95番が入っている。98番は4楽章でチェンバロが通奏低音とヴァイオリン・ソロの伴奏も受け持つ面白い曲だ。ハイドンの茶目っ気というかサービス精神が楽しい。モーツァルトやベートーヴェンとは異なるパパ・ハイドンの遊び心と1楽章の荘重でパセティックな厳格さが同居する作品だ。アダージョとメヌエットもいかにもハイドンらしい。貴族に仕え楽しませることで苦心し或る境地に達した音楽家の習熟と安心が聴ける。

 ハイドンを聴く楽しみはモーツァルトやベートーヴェンに溺れたあとで息抜きの楽しみといえばあの世でハイドンはムッとするだろうか。しかし、そこにはちゃんと尊崇の念を籠めていうことである。晩年の作品に聞かれる、この遊び心とサービス精神とでもいう円熟したプロの至芸を堪能するからだ。

 ハイドンの交響曲全集は以前はアンタル・ドラティがフィルハーモニア・フンガリカを指揮したレコードしかなかった。親の仕送りとバイトで食いつなぐ若い頃のアカショウビンに全集を買う余裕はなかったから80番代以降を中心に何枚か買い聴いた。有名な名称付き以外の作品も演奏も共に素晴らしかった。粗末な再生装置だったが実に精妙なオーケストラの音に陶酔した。ドラティという指揮者もフィルハーモニア・フンガリカというオーケストラもそのときにアカショウビンは発見したのだった。その時そのうち金をためて全集を揃えようと心に決めたが世はレコードからCDに移り変わり未だに全曲セットは買い得ていない。これから買うかどうかも心もとない。青春の決心は往々にして現実化されない。経験的に反省するのである。以前と違い棚からハイドンを取り出すことも少ない。そのうち中年の衝動か老年の衝動で突如全曲聴破に走るやもしれない。何かの機縁と気分があれば。

 ところでヨッフムの演奏だ。ドレスデンの音はアカショウビンの偏愛する、シューマンの交響曲全集(W・サヴァリッシュ指揮)の響きとはかなり違う。弦楽器が艶やかでヨッフムの気合は十分。そこが少し疎ましくもある。贅沢な感想だが。アカショウビンの基準はドラティとフィルハーモニア・フンガリカにある。しかしCDで聴くフィルハーモニア・フンガリカの音はやはりレコードと違っていた。ここで多くのファンが困惑し思案するのだろう。そこでアカショウビンの場合二、三年前に、埃を被っていたレコード・プレーヤーを拭き清め、レコードも珠に聴くようになった。

 ヨッフムの1967年といえば、ドレスデン・シュターツカペレとブルックナーの交響曲全曲を再録する約10年前だ。更にその約10年前はベートーヴェンの交響曲全曲録音をベルリン・フィルとバイエルン放送交響楽団を指揮して1952年11月12日~14日の第7番(ベルリン・フィル)に始まり約10年かけて1961年1月26日~31日の第4番(ベルリン・フィル)で完成させている。ブルックナーの最初の全曲録音は1958年2月の第5番に始まり1967年1月の3番で終了した。この年はヨッフムにとって新たな境地へ踏み出す模索の年であったかもしれない。

 それはともかくハイドンは楽しい。

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コメント

ハイドンの交響曲は
結構好きな割に音源は持って居無いなぁ。

ほとんどがクナだし(笑)

確か?
全集はドラティとヴァイル?しか無かったと思ったが?
ホグウッドは途中で止まっちゃった様です?
しかし
何故か?
全集って聴き辛いですよねぇ?
さて 何処から聴こうか?と思って考えて居て終っちゃう(笑)

投稿: snokey.F.164 | 2009年5月17日 (日) 午後 10時31分

 snokey.F.164さん

 ★コメントありがとうございます。

 >ほとんどがクナだし(笑)

 ★そうでもないでしょうがクナは、やはり凄いですね。ヨッフムもクナに比べれば謹厳実直に過ぎます。けれども、ベートーヴェンもブルックナーも作品への真摯な姿勢が私は好きなのです。それと対極にあるのがクナッパーツブッシュの悪魔のような細心さと天使のような大胆な演奏、というところでしょうか。

 >全集って聴き辛いですよねぇ?

 ★本当に。私も、ここ数年でしょうかCDでドラティの分売ものを集めだしたのは。そうこうするうちに今年の没後200年でドラティの全集が格安で発売されました。現在、無職で求職中のため、それさえ購買できないのは情けない限りですが(笑)。

 >さて 何処から聴こうか?と思って考えて居て終っちゃう(笑)

 ★私は交響曲は80番代がレコードの頃から繰り返し聴いて飽きないですね。それとハイドンのオペラも聴いてみたいのですが国内盤は少ないです。ドラティは幾つか録音しているようですが英語訳を読むのも億劫ですし没後200年ということで、どこかのレーベルが日本盤で発売してくれないものでしょうか。

投稿: アカショウビン | 2009年5月18日 (月) 午前 02時04分

ちょっと
言葉足らづで誤解させてしまった様です。

先ず
クナくらいしか自分は持って居無い。と言う事で
どうも邪気が強いのか?妙な演奏ばかり集めてしまう(笑)


ハイドンの全集は持って居ません。
全集物は?と言う事でした。
ケンプのベートーベンにしても未だ針を落として無いし…。


どうも舌足らづで困りますね(笑)

投稿: snokey.F.164 | 2009年5月19日 (火) 午前 10時29分

 snokey.F.164さん

 ご丁寧なコメント恐れ入ります。ハイドンはいずれドラティの全集を購入し聴くつもりです。全集はありませんがヨッフムのロンドン響、ドレスデン・シュターツカペレとの演奏も素晴らしいですよ。
 ケンプというピアニストの評価は私の中で定まっていません。未聴のモノラルのベートーヴェン全集を聴くのが楽しみです。近年聴いたCDの中で私にはエリー・ナイのベートーヴェンがもっとも凄い演奏のように思います。

投稿: アカショウビン | 2009年5月19日 (火) 午前 11時00分

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