« 狂と美 | トップページ | 転居 »

2009年4月13日 (月)

鶴見俊輔氏の話

 昨夜のNHKテレビで鶴見俊輔氏が登場されていたので途中からだったが興味深く見た。新聞を読むと「戦後日本・人民の記憶~」とタイトルされている。アカショウビンは氏の著作の熱心な読者ではないけれども小田 実氏らの「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)の連帯者、「思想の科学」の同人として幾つかの著作や新聞、雑誌の論考には眼を通してきた。それは「哲学者」として高説を述べる人ではなく、多くの人々にわかる言葉で自らの思考・思索を行動者として現す「思想家」として関心を持ち続けてきた人である。その理由の一つにはアカショウビンが中学生の頃に熱中した「プルターク英雄伝」(それは岩波文庫版ではなく、鶴見祐輔訳か他の訳か記憶の彼方だが)の翻訳者の一人、鶴見祐輔の長男ということもあったかもしれない。それに先の大戦の時に米国から帰国し戦地にも赴き戦争を経験しておられる私達の親の世代の人として関心を持ってきた。

 氏の姉君であられる故・和子氏の南方熊楠研究の著作も興味深く読んだ者からすれば鶴見家は俊輔氏の父親への反発も含めて知的刺激に富んだ一家のように想像する。氏は英国の哲学者ホワイトヘッドが留学先のハーバード大学で行った最終講義のエピソードを最後に愉快に語られた。氏は講義の最後の言葉を聴き取れなかったらしい。それを大学に訊ねコピーを受け取り読んだと言う。それは「精密なものは作りもの(fake)だ」ということなんだよ、と言って朗らかに笑われた。fakeには偽物という意味もあることを含めて氏はホワイトヘッドが自らの哲学をウィンクして講義を終えたのだと理解されたのではないだろうか。

 氏は60年安保とベ平連の活動を「人民」と「市民」が日本の歴史の中で人々が自らの意思を主張した刮目すべき闘争、活動だ、と語気強く述べられた。その眼光は86歳の人間のものとは思えない意志を実感した。また氏は竹内  好を再考する企画に関わられているらしい。それはあの「大東亜戦争」を戦中・戦後に肯定した「国士」竹内と正面する意志と思われる。その意気や好し。丸山眞男逝き、小田 実逝き、、加藤周一逝き、氏が生き抜いている戦後に自らの生き様と思索を時に語気を荒げ伝えようとする姿にはこちらの心身も共振した。自殺者が毎年、3万人を超えるという戦後日本の現在を同時代人として生きていて氏の思索、思考の幾らかでも継承したいものだと痛感した。

|

« 狂と美 | トップページ | 転居 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/44654415

この記事へのトラックバック一覧です: 鶴見俊輔氏の話:

« 狂と美 | トップページ | 転居 »