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2009年4月30日 (木)

転居

 埼玉から大阪に引っ越し2週間近くが過ぎた。友人達に手伝ってもらい、2tトラックで18日の夜に外環から首都高、東名、名神と乗り継ぎ、翌朝、京都南インターから大阪の新居に辿りついた。初めて乗る2t車だったがガス欠も経験し(笑)ながら何とか無事に新居へ辿りつけたのはさいわい。

 引越しの準備に忙殺されブログの書き込みがお留守になってしまった。その間はテレビや本も読むゆとりがなかった。本日やっとパソコン環境が整ったので書き込む次第。

 この2週間近く自転車で動き回って知る大阪という街は、それまで住んでいた埼玉とも東京とも異なる庶民の街というのを日常の会話や人々の遣り取りを見聞きし実感する。実に生活感に溢れた街という好印象だ。とにもかくにも、ここで人生の後半生を生きるわけだ。友人たちはじめ関東で諸縁のあった方々には、この場で改めて心から御礼申し上げる。

 この地で心機一転、新たな経験を通しブログを継続していくので諸氏、諸兄姉弟妹の皆様よろしく。

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2009年4月13日 (月)

鶴見俊輔氏の話

 昨夜のNHKテレビで鶴見俊輔氏が登場されていたので途中からだったが興味深く見た。新聞を読むと「戦後日本・人民の記憶~」とタイトルされている。アカショウビンは氏の著作の熱心な読者ではないけれども小田 実氏らの「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)の連帯者、「思想の科学」の同人として幾つかの著作や新聞、雑誌の論考には眼を通してきた。それは「哲学者」として高説を述べる人ではなく、多くの人々にわかる言葉で自らの思考・思索を行動者として現す「思想家」として関心を持ち続けてきた人である。その理由の一つにはアカショウビンが中学生の頃に熱中した「プルターク英雄伝」(それは岩波文庫版ではなく、鶴見祐輔訳か他の訳か記憶の彼方だが)の翻訳者の一人、鶴見祐輔の長男ということもあったかもしれない。それに先の大戦の時に米国から帰国し戦地にも赴き戦争を経験しておられる私達の親の世代の人として関心を持ってきた。

 氏の姉君であられる故・和子氏の南方熊楠研究の著作も興味深く読んだ者からすれば鶴見家は俊輔氏の父親への反発も含めて知的刺激に富んだ一家のように想像する。氏は英国の哲学者ホワイトヘッドが留学先のハーバード大学で行った最終講義のエピソードを最後に愉快に語られた。氏は講義の最後の言葉を聴き取れなかったらしい。それを大学に訊ねコピーを受け取り読んだと言う。それは「精密なものは作りもの(fake)だ」ということなんだよ、と言って朗らかに笑われた。fakeには偽物という意味もあることを含めて氏はホワイトヘッドが自らの哲学をウィンクして講義を終えたのだと理解されたのではないだろうか。

 氏は60年安保とベ平連の活動を「人民」と「市民」が日本の歴史の中で人々が自らの意思を主張した刮目すべき闘争、活動だ、と語気強く述べられた。その眼光は86歳の人間のものとは思えない意志を実感した。また氏は竹内  好を再考する企画に関わられているらしい。それはあの「大東亜戦争」を戦中・戦後に肯定した「国士」竹内と正面する意志と思われる。その意気や好し。丸山眞男逝き、小田 実逝き、、加藤周一逝き、氏が生き抜いている戦後に自らの生き様と思索を時に語気を荒げ伝えようとする姿にはこちらの心身も共振した。自殺者が毎年、3万人を超えるという戦後日本の現在を同時代人として生きていて氏の思索、思考の幾らかでも継承したいものだと痛感した。

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2009年4月 8日 (水)

狂と美

5日のNHKテレビ「日曜美術館」で曾我蕭白の特集をやっていたので面白く見た。新ホスト役の姜 尚中(カン サンジュン)氏とゲストの村上 隆氏の話も興味深く聞いた。

この破天荒な画家の作品に接したのは二十数年前に国立西洋美術館の常設展だったろうか。実に度肝を抜かれる衝撃だった。それは狂とも奇想とも思われる画である。昨年の夏は久しぶりに「対決 巨匠たちの日本美術」で大作をみることができた。若沖対蕭白、鉄斎対大観、いずれもアカショウビンがこよなく愛する画家たちの作品を面白く観た。若冲の洗練に対して蕭白は野趣というのか狂というのか、その迫力は画面が雄叫びをあげているようだった。画集のサイズでは、その迫力が伝わらない。

 番組では府中市美術館で蕭白の水墨画が展示されていると案内していたので会場を訪れた。「山水に遊ぶ 江戸絵画の風景250年」というテーマ。蕭白の大作は「山水図押絵貼屏風」という屏風に描かれたもの。ここには狂も奇想もない。実に水墨画の伝統を踏襲したもので専門家はともかく素人には蕭白と揮毫されていなければ誰のものかわからないだろう。それと「松鶴山水図」の一幅。これも素晴らしい。水墨のボカシで画面の遠近を描き二羽の鶴が鳴き交わしている姿は声が聞こえるようだ。谷文晁も素晴らしかった。北斎の晩年の「不二図」も観られたのはさいわいだった。

 美術館からバスで府中駅に戻り、せっかくなので近くの大國魂神社も久しぶりに訪れた。仕事のクライアントが近くにあり、ついでによく訪れたのである。今回は初めて、有名だという、しだれ桜も拝観した。美術館近くの桜並木も壮観だったが、こちらもナカナカ。入り口近くにはゴツゴツした巨樹がある。その見事さを見ると巨樹の生命力に驚かされる。人間の一生の儚さからすれば遥かに長寿の樹木の姿には思わず見とれてしまうのである。

 今月中に大阪へ引っ越すので、これが今生の見納めであろう。デジカメで撮影はしたが絵画と同じで実物に接しなければ凄さは伝わらない。それはともかく、こちらに居る間に見ておくべきものは見ておきたいと思うのである。同展も上野のフェルメールも、もう一度くらいは訪れておきたいのだが。

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