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2009年3月 3日 (火)

「おくりびと」異聞

 青木新門氏の「納棺夫日記」が桂書房から出版されたのは1993年3月。その3年後の7月に「納棺夫日記 増補改訂版」として文春文庫から再発された。その著者紹介の文によると氏は大学中退後に故郷の富山県で飲食店を経営したが倒産。「おくりびと」の中の主人公と同じく新聞広告で冠婚葬祭会社に職を得たとある。吉村 昭の序文によると氏は詩人として吉村氏の前に現れたという。

 先日、すでに単行本で著書を読んでいる友人のM君と電話で話をすると今回のマスコミあげての絶賛の大騒ぎと映画作品の内容に対し青木氏の周辺の人たちが激怒しているという。映画作品のあまりにも原作と異なることに対してであるらしい。それは両者を比べてみれば確かに実感する。著作に記されている文章は簡潔で無駄がない。映画にも採用されているエピソードの他に三島由紀夫が「憂国」の自作解説で述べている死生観に対する青木氏の反発や宮沢賢治の「永訣の朝」「眼にて云ふ」、高見 順の「電車の窓の外は」など氏の思索に重要な契機となったコメントや詩に関する一言も映画にはない。表現手法の違いということもあるだろうが、それらが削ぎ落とされているということは、それらの詩に鋭く反応する作者の心の震えこそが原作の命と思える読者には不満が残るのは当然とも思われる。

 原作でもっとも興味深いのは全3章の第3章「ひかりといのち」である。親鸞の深読で展開される死と生という重いテーマを氏は詩人の視線で凝視する。これを映像で表現することにはスタッフは苦心したと推察される。書かれたものと映画の表現手法は異なるからである。氏の思索は映画の映像から観る人々が個々に看取するものとも言える。原作には死と生に対する氏の思索が通奏低音となって響いている。それが十全に映像化されているかどうか不満に思う人がいることをアカショウビンは理解する。しかし納棺師の実際の仕事の手順などがどういうものなのかは原作を読むだけでは想像するに止まるが映像では一目瞭然である。また映画では死と生という重いテーマを笑いも交えて俳句のように「軽み」と評してもよいように描いた。この功績は監督、脚本家、出演者はじめスタッフの苦労の賜物と思う。それが異国でも高く評価されたことを心から讃えたいのである。

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