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2009年3月21日 (土)

フェルメール賛

 その絵と最初に出会ったのは高校生のころの保健室で額に掛かっていた複製だったか或いはカレンダーに印刷されたものか記憶は定かでない。しかし独特な光の処理が印象的だった。後に購入した画集では表紙を飾っていた。その頃はヴェルメールと表記されていた。

 先日、上野の国立西洋美術館で開催されている「ルーヴル美術館展- 17世紀ヨーロッパ絵画-」で、あれから実に約40年ぶりにやっと実物に向かい合うことが出来た。

 「レースを編む女」は24×21cmの小さな作品である。1669年~1670頃のものとされているから画家は37歳から38歳。ルノワールが激賞した作品として1971年平凡社版の画集では、フェルメールの作品中「もっとも多くひと目にふれる作品」とし「クローデルは、ここでその肩も頭も手もすべてが針の先に集中されていることを賞賛している」と説明が付されている。解説は小説家・中村真一郎。その画集はアカショウビンの宝物のようなものだった。そこに掲載されている作品は14品。30数点しか残されていない作品の真贋は未だに侃々諤々の議論がされている。時を経るごとに当時からすれば破格に高く評価されている画家だろう。それは世界を席巻した黄金期のオランダの経済的富貴という時代状況が生み出した作品とも言えるかもしれない。

 中村真一郎は解説のなかでプルーストとドストエフスキーまで援用して画家の価値を称揚している。一昨年、六本木の国立新美術館で視た「牛乳を注ぐ女」は神品ともいえるオーラを発していた。中村は「牛乳壷から鍋に向かって注がれている、濃密で白い牛乳が、私たちの目の前で、永遠に流れているという、深い感動」と記している。それは実物を前にして強く共感したものだ。それからすると「レースを編む女」の印象はそれほど強いものではなかった。しかし来場者が少なくなった夕方の会場で何度も繰り返し視ると実に強烈な磁場を発していることを実感した。

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