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2009年3月18日 (水)

梁 石日の「闇の子供たち」

映画が面白ければ特に映画化されることを想定せずに書かれた原作を改めて読むという習慣はアカショウビンにはないけれども、昨年の暮れに観た「闇の子供たち」(阪本順治監督)は梁 石日(ヤン・ソギル)氏の原作を読んでみなければならない、という衝動に駆られて読んだ。先のブログに書いたが映画の終わり方には大いに不満と違和感が残ったからだ。原作を読んでわかったのは、やはり映画の後半からラストまでを阪本監督は意図的に変えている。原作者の諒解は得ているだろうが、この意図は原作を読めば果たして必要な読み換えだろうかと疑問を持つ。映画だけ観て原作を読まれていない人に、それを説明してもなかなか理解していただけないだろうが映画も原作も共にタイの苛酷な現実への関心を広く訴えた功績は高く評価するのである。とりあえず原作(幻冬舎文庫 平成20年9月20日 21版)から幾つか抜き書きさせていただき、自らの思考・思索の継続に資するよう備忘録として書き留めておくことにする。先の感想でも記しておいたように、映画も原作もテーマはタイでの幼児売買春と臓器移植である。日本では好事者には幼児ポルノなどとして一端は流通しているものだろう。しかしそれはケータイやインターネットが老若男女に普及し同好者たちの間では映像を交えた詳細な情報が仮想空間を飛び回っているのかもしれない。以下、原作からの抜書きである。

ゴミ処分場に捨てられ、腐ったゴミを食べ、飢えに耐え、人から石を投げつけられ、山を越え谷を越え、死の淵を彷徨しながら故郷へ帰ってきたというのに、両親や村人たちから、なぜこんなひどい仕打ちを受けるのかヤイルーンには理解できなかった。両親は自分を忘れてしまったのだろうか。自分は別の村にきてしまったのだろうか?そんなはずはない。生まれてから八歳までを暮らした村なのだ。庭の大きなタマリンドの木は昔から同じ 姿で立っているし、犬も自分を覚えて吠えずになついてきた。山の形も空の色も大気の匂いも昔と変わっていない。(p126

ヤイルーンを売った金でテレビと冷蔵庫を買い、センラーを売った金で日本製の五〇ccの中古車を買った。テレビや冷蔵庫や単車は村の者から羨望の的だった。そしてワンパオは単車で隣村の女のところへ足しげく通っていた。(p129

あらゆる可能性―人間が人間に加えてきた残虐な行為には想像を絶するものがある。戦争における残虐行為は、その典型的なものだが、日常の中で、エイズにかかった子供をゴミ処分場に投げ捨ててしまうとは考えられないことだった。そうだ、これはある種の戦争状態なのだ、とナパポーンは自分に言い聞かせた。(p133)

政府は養子縁組を推奨しているので書類審査はそれほど面倒ではない。担当者に百バーツも握らせれば書類は無条件でパスするだろう。貧しい国の子供を養子縁組で引き取るのはドイツ政府も認めており、合法的なのである。(p188)

タイは結婚が早すぎるのよ。十六、七歳で結婚して、子供が二人いるのに二十歳で離婚して、父親は他の女とどこかへ行ってしまい、母親は二人の子供を養うために水商売。でも結局、みんなばらばらになってしまう。(p291)

以上、脈絡なく書き抜いたけれども実に苛酷で苛烈なタイの日常が著者の視線・視角で記述・構成されている。その一端はアカショウビンもかつてタイの現地で垣間見た。それを思考・考察を介して自らの現実に如何に反映させるか、それは個々人に問われる痛烈な問いである。

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コメント

この映画は観ておりませんが、タイ、ビルマ、ラオス国境の山岳地帯の少数民族の村の実の親に売られたいたいけな幼い女の子達の事は、バブル期の80年代後半に、金に任せた節操のない日本人の男達の餌食になった事で詳しく知りました。そしてまたエイズの実態がまだ出始めの頃でしたので、適切な予防方法や薬がなく、また無知ゆえの悲惨な情況が世界のあちこちに見受けられた時でした。
忘れもしないことですが、その中の一人の10歳位の美少女の事です。6歳位で売られ、エイズにかかって、村に戻されたのですが、両親にとっては厄介者でしかなく、家の裏に、立って歩くことも出来ない粗末な犬小屋同然のところに閉じ込められ、死ぬまで一日一回だけの水と食事を与えられ、排泄は、その中に置かれたバケツにするという筆舌に尽くしがたい、目の前が真っ暗になり硬直するような現実を知りました。

日本は正にバブルの狂乱に荒れ狂っていた時です。
わたくしの娘も丁度同じ位の年頃でしたので、身につまされました。
アカショウビンさんのこの文章は、わたくしの心の奥の奥に達する抜き差しならぬ事柄を喚起して震えます。

投稿: 若生のり子 | 2009年3月23日 (月) 午後 10時14分

 若生さん

 >その中の一人の10歳位の美少女の事です。6歳位で売られ、エイズにかかって、村に戻されたのですが、両親にとっては厄介者でしかなく、家の裏に、立って歩くことも出来ない粗末な犬小屋同然のところに閉じ込められ、死ぬまで一日一回だけの水と食事を与えられ、排泄は、その中に置かれたバケツにするという筆舌に尽くしがたい、目の前が真っ暗になり硬直するような現実を知りました。

 ★これは映画のなかでも小説のなかでも描かれています。それは実に苛酷な映像でした。私は阪本氏の映画は、結末はともかく、それを視覚化しただけでも価値を持つと思いました。

投稿: アカショウビン | 2009年3月24日 (火) 午前 03時49分

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