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2008年12月 7日 (日)

加藤周一氏・追悼

 アカショウビンは加藤周一氏の著作の熱心な読者ではない。学生の頃に「雑種文化論」を読んでから興味はあったが熱心な読者のように新刊が出るたびに買い求めることもなく、興味を惹いた本はたまに購入する程度の読者である。購読紙は毎日新聞だから朝日新聞の夕刊に掲載されていた「夕陽妄語」(「夕陽」をセキヨウと読むのは、かなり後で知った《笑》)は駅売りでたまに買う程度で最近はほとんど読まなくなった。別に政治信条が変わったわけでもなく、学生の頃から心情的に左翼や右翼を問わず興味ある論考には眼を通してきている。十年くらい前は吉田秀和氏の音楽評と共にマメに読んでいた。そこで展開される巧みな論説と該博な知識は、本日の朝日新聞で大江健三郎氏が書いておられるように「大知識人」という形容が少しも違和感のない言論人だった。老いてなお護憲派として舌鋒鋭く時局に発言していたことは周知の通りである。

 「夕陽妄語」は1984年から継続して書かれていたらしい。朝日であるから当然政治的発言は左翼的論説になる。しかし、それだけでは収まりきれないのが「大知識人」たるところだ。欧米の実状にも詳しく、母国の歴史、現実を見る眼は、そこらの並みのサヨクやウヨクの言説を遥かに超えていた。著作の不熱心な読者としても新聞に書かれた論説を読むのは楽しみだった。

 5日に亡くなられたのを知ったのは昨年から始めたミクシイというSNSの書き込みで。追悼を書くような読者ではないが気になった論説も思い出され昔の新聞記事の切り抜きを引っ張り出した。1997年10月22日の「夕陽妄語」である。タイトルは「宣長とバルトーク」。その頃に氏が読まれていたという宣長晩年の随筆『玉勝間』を枕に説き起こしている。

 (宣長が)「皇国は万国にすぐれる」という「ナショナリズム」を抽(ひ)きだすことは、論理的にも実証的にも不可能である。宣長が敢(あ)えて不可能を企てたのは、なぜだろうか。『玉勝間』の「ナショナリズム」の内容は、漠然として、とりとめのないものである。しかし同時に、「ナショナリズム」の感情がいかに深く人の心に根ざしたものであるか、を示している、と私には思われる。

 と書いてハンガリーの作曲家バルトークの話に飛ぶ。それは第7回吉田秀和賞を受賞した伊東信宏氏の著書「『バルトーク-民謡を「発見」した辺境の作曲家』(中公新書、1997年)の論説を介するナショナリズム論である。

 バルトークの仕事と宣長の仕事が異なるのは、バルトークがナショナリズムに動機づけられながら民謡を収集し分類する過程で徹底的に分析的な態度をとり、遂に音楽的「ハンガリー心」の内容を、明瞭で普遍的な概念の組み合わせによって、叙述するに至ったからだと説き、ハンガリーのナショナリズムの呪力から免れ、もはや正体不明の『ハンガリー』なるものに振り回されなくなった、という伊東氏の文章を引き次のように述べる。

 そこには「ナショナリズム」を克服する一つの道があった。「『ハンガリー性の核』という考え方」、すなわち「ナショナリズム」の「呪力」の、否定ではなく肯定から出発して、その正体を見きわめることにより、その呪力から自己を解放する。―それはほとんど、「ナショナリズム」の肯定の否定を通じて、それを創造力に転化する、弁証法的過程である、といってもよいだろう。しかるに宣長には否定の契機がなかった。彼の過程は、きわめて複雑だったが、大すじにおいては直線的で、弁証法的ではなかったのである。

 バルトークの「ハンガリー」は日本に、「音楽」は文化一般に置き換えて読むこともできる。宣長の18世紀後半は20世紀後半に、「から心」は「アメ心」に読み代えることもできるだろう。

 このように明晰で闊達な思考を継続できる知性は稀有のものとも思える。氏は小林秀雄が「本居宣長」を上梓したときも鋭い批評を書かれていたと記憶している。今は手元にないが、加藤氏の視角は同書を評した文章のなかでも際立っていた。保田與重郎が絶賛していたのとは異なる角度から明晰に批評されていたように思う。

 右よりの論壇人から見ればサヨクの大御所なのだろうが、半端な知識では太刀打ちできない知識人だった。護憲派からすれば力強い同調者を失った。ウヨクからすれば煩わしい敵が一人いなくなったことになるだろう。

 それはともかく、氏の仕事は、これから全貌が見えてくる。その言説・論説を受け継ぐ人物はいるのだろうか。アカショウビンも少しは著作にも目を通していきたいと思う。

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コメント

「朝日・岩波文化人」の一人がまた.
大衆蔑視の旧左翼の権化みたいな人でした。

80年代にソ連の爆撃機が北海道上空に飛来したことについて、
「侵略の意図は全くないんだから、日本は過剰に反応してはいけない」
って平気で言ってました。日本の軍備は全否定してるのに。

投稿: やすだ | 2008年12月 7日 (日) 午後 11時01分

 やすださん
 加藤周一が大衆を蔑視していたかどうか私は詳らかにしません。ソ連の「爆撃機」というのは「偵察機」なのではありませんか。それをもって氏の発言を氏の全思想の如く理解し氏を「蔑視」されるのであれば、それは短絡の愚というものではないでしょうか。
 私はウヨクの諸氏がサヨクの論壇人を「朝日・岩波文化人」とヒト括りにして何かさもよくわかったような澄ました言説を読むと苦々しくも、その軽い言説に危うさを感じ取る者です。先日の「憂国忌」に集まった諸氏たちの中にも加藤周一の死に同様なコメントを発した人がいたことでしょう。しかし私は保田與重郎も三島由紀夫も小林秀雄も福田恒存の著作・論説も読み続けていますが、彼らを決して単純なウヨク馬鹿だと見做すことはできません。同様に私は加藤周一もおっしゃるような「朝日・岩波文化人」として単純なサヨク馬鹿と見做すことはできない者であることはご承知おきください。

投稿: アカショウビン | 2008年12月 8日 (月) 午前 02時10分

 古井戸さん

 遅ればせながら貴ブログの加藤氏の著作からの書き込みを感銘深く読ませて頂きました。私もかつての「夕陽妄語」を読み直すと、黙視することのできない思想家で批評者だったと思います。氏の未読の著作にも眼を通しこちらで感想を書き込んでいきたいと思います。

投稿: アカショウビン | 2008年12月30日 (火) 午前 10時50分

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K‐1のリングって神聖だったの??? [続きを読む]

受信: 2008年12月 8日 (月) 午後 07時09分

» 追悼 加藤周一   加藤周一が観察し、考え、書いたこと [試稿錯誤]
                                    「中肉中背、富まず、貧ならず。言語と知識は、半ば和風に半ば洋風をつき混ぜ、宗教は神仏のいずれも信ぜず、天下の政事については、みずから青雲の志をいだかず、道徳的価値については、相対主義をとる。人種的偏見はほとんどない。芸術は大いにこれをたのしむが、みずから画筆に親しみ、奏楽に興ずるには至らない。---こういう日本人が成りたったのは、どういう条件のもとにおいてであったか。私は例を私自身にとって、そのことを語ろうとした。  題して... [続きを読む]

受信: 2008年12月24日 (水) 午前 08時35分

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