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2008年11月19日 (水)

死生観

 18日の毎日新聞夕刊 統12版 オピニオン4面で中村敦夫氏(俳優・作家)が、10月30日の夕刊に掲載された上智大学名誉教授であるデーケン神父の「デーケンさんの死生学」という記事を批評している。その箇所は次の通り。

 <木々も枯れ葉を落とすこの季節、時には立ち止まって「生きる」こと、そして「死ぬ」ことの意味を思うのも悪くない>

 この箇所に中村氏は<たまには温泉につかって、仕事のことを忘れるのも悪くない>みたいな、ノウハウものの手軽さを感じた、と書いている。

 さらに氏はデーケン氏が人生を次の三段階に分けていることを引く。第一の人生は、自立するまで。第二は引退するまでの社会人時代。第三が引退後。さらに神父は中年期には<四つの危機>が訪れるという危機も引用する。

 ①時間意識の危機(つまり残された時間があまりないという発見)②役割意識の危機(子育てが済んで役割を失う)③対人関係における危機(年をとると、協調性や柔軟性が失われる)④平凡な人生の危機(人生は同じことの繰り返しと気づいて、無気力となる)

 中村氏は、「こうした危機の指摘は間違いではないが、神父はなぜ四つに限定したのだろう?」と問いかける。「経済的危機や病気の危機はより深刻で現実的である」からだ。そして記者の踏み込みが甘く記事は「肝心の死生観に到達しないで、周辺整理でまとめてしまった」と歎いているわけだ。

 中村氏の批評はともかく、この四つの指摘は記事を読んだ個々人に突きつけられ考えこませたことではあろう。アカショウビンも、その年代の渦中に生きる者として他人事ではなく自らの事として考えさせられる。

 ①については何かの切っ掛けがないと危機感を持つには至らないだろう。たとえば自らの病や親や近親、友人の病気、死などによる。②は或る年齢になり子育てが終わり独立していったり自らも勤め人であれば定年で退職すれば仕事関係の役割は一応終えることで実感することだ。③これはアカショウビンも経験として実感する。以前なら我慢できただろう事柄にキレやすくなっている。今年になり2回も職を変えた(笑)④これはキルケゴールが「死に至る病」と論じたものである。

 先日、4月に大腸ガンの手術をした母が半年後の精密検査の結果、肝臓への転移が確認され春までの命と余命を宣告された。81歳の老母に再手術は無理である。また髪が抜けるなど副作用が怖いから抗ガン剤などは飲みたくないと言い張る。しかし座して死を待つわけにもいかぬ。倅としては出来るだけの治療は施したいのが人情というものだ。しかし医師の判断は冷酷である。あとは延命治療でしかない、と。それは職業的な経験と判断によるものではあろう。余命。残酷な術語である。ここで人は死すべきものといった一般論を喋々するわけにはいかない。一人の人間が残り少ない生きる時間を限定されたわけである。本人と家族は、この世で共に生きた時間の終焉を告げられたわけだ。それを受け入れることは簡単ではない。まして親不孝な息子からすれば後悔に苛まれ針の筵に座る思いである。

 この歳末、年始は親子にとってまさしく正念場となった。世間から見れば81年の人生は決して短くはない。しかし本人にとっても子供たちにとっても腹を括らなければならぬ人生の土壇場である。どのように母の晩年を飾ることが出来るか?苦しみ少なく、彼岸・来世へ送り届けるには。

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