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2008年11月 5日 (水)

歴史と責任

 ベルリン・フィルハーモ二ー管弦楽団の創立125周年を記念して制作したという「帝国オーケストラ  ディレクターズカット版」(97分)というドキュメンタリー・フィルムを観てきた。スペイン生まれのエンリケ・サンチェス=ランチ監督(1963年生まれ)が、ベルリン・フィルの現存する古参の団員にインタビューしたものだ。主な語り手は1936年にコンサートマスターになったハンス・バスティアン氏(96歳)とコントラバス奏者のエーリヒ・ハルトマン氏(86歳)。他に団員の息子さんや娘さんがコメントを述べている。

 ネットの感想を読むと20代から30代の若い人たちにはショッキングな事実のようだが、フルトヴェングラーの若い頃から1954年に亡くなるまで戦後も連綿と続くファンには殆ど周知の事実である。今回初めて見る映像もあって1700円の入場料は、いずれDVDにして荒稼ぎするだろうことを想定すれば安くも感じた。

 フルトヴェングラーファンの方なら察しがつくだろうが、なぜかカラヤンが出てこない。恐らくカットしたのはカラヤンの出ている箇所なのかもしれない。フルトヴェングラーとカラヤン、それにチェリビダッケの三つ巴の確執はアカショウビンも断続的に関連本で読んでいる。チェリビダッケのカラヤンへの痛烈な毒舌は爽快だった。昨年は「カラヤンとフルトヴェングラー」という新書も読んだ。その著者の中山右介氏が薄い解説冊子に自著のPRも兼ねて「エッセイ」を書いている。カラヤン・ファンの黒田恭一氏も。中山氏の著書はとりたたて驚く主張があったわけでなく冊子でフルトヴェングラーがカラヤンに嫉妬したという根拠は著作を読んだときにも違和感があったし今回もそのように記している。ベルリン・フィルとフルトヴェングラー、カラヤン、チェリビダッケの確執を改めてまとめたお手軽本という感想は正直なところだ。黒田氏はアカショウビンにとって仇敵みたいなものだ(笑)。解説で用いている「罪」という言葉はどれほどの中身を理解して使っているのか不明。カラヤン礼賛や評論家で稼いでいる文章をそれほど信頼しているわけでもない。

 監督は本作品を商売上か、あるいはアンチ・カラヤンの攻撃と反発を想定してカットしたのかもしれない。新作を撮る切っ掛けとなったのは「ベルリン・フィルと子供たち RHYTHM IS IT!」(2004年)で1933年から1945年までのベルリン・フィルの「盲点」に気付いたことによると自作を振り返ってコメントしている。「この宿命的な期間が、終戦60年の今、再評価をいまだ待っていることに驚いた」と。先行作品はアカショウビンも劇場で観た。それはとても面白かった。肌の色は違えど子供たちの無垢な姿と共にベルリンの富裕層が住む界隈とは違う、貧しい家庭からベルリン・フィルのイベントに参加する子供達が住む裏町の決して美しいとはいえない都市の姿も映像に収めていたからだ。そして何よりサイモン・ラトルがベルリン・フィルを指揮して実に生き生きとした音楽作りの姿が興味深かった。

 しかしナチ党員だったカラヤンはともかく、ナチと最後まで闘ったフルトヴェングラーとベルリン・フィルとの付き合いは新資料が出てきたわけでもなかったのは残念。強いて収穫を挙げればクナッパーツブッシュがベートーヴェンの「英雄」交響曲の終楽章を彼の通常のテンポからすると驚愕する快速テンポで終えるところ。フルトヴェングラーの指揮ぶりが決して格好の良いものとはいえないのと比べてクナッパーツブッシュは見事な指揮ぶりだった。

 フルトヴェングラーとナチとの関係は丸山真男も論じていた。フルトヴェングラーの指揮した音楽はともかく「政治的」には戦争責任がある、という判断だった。これは難しい判断だというのがアカショウビンの考えだ。やはりフルトヴェングラーはドイツ人としてヒトラーとナチスにギリギリの抵抗をしたことは様々の証言が明らかにしている事実である。ヒトラーの誕生日を祝う演奏会に主賓は来なくてもハーケンクロイツの旗の前で第九を熱狂的に指揮したとしても、それはベートーヴェンの音楽に対する畏敬の為せる行為でしかないのも明白であろう。それをもナチ礼賛だと見做すとしたら何をかいわんや、だと思うが如何であろうか。

 それはともかく、アカショウビンは戦時中のフルトヴェングラーの緊張感漲る演奏に驚嘆、震撼されるしフルトヴェングラーとは犬猿の仲だったらしいクナッパーツブッシュの飄々たる正しく人を食ったような演奏にも驚愕し魂消るのである。

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