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2008年11月 3日 (月)

不思議な絵

 休日中日、上野へ。国立西洋美術館で12月7日まで開催されている「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」を観に。何せ「北欧のフェルメール」と評されているのだから、いちおう見ておかねば、という変な衝動から。アカショウビンにはまったく未知の画家である。

 それにしても不思議な絵ではある。風景画は寒々とした調子が画面を支配している。代表作と思しき作品は、妻である人物をピアノやテーブルと共に部屋の壁の前に配置し、女性(妻)はたいてい背を向けていて顔は見えない。フェルメール作品の多くで人物は表情豊かに描かれている。どこがフェルメールと共通しているのだろうか。

 それは一つには画面の「静謐さ」とでもいうものか。画家は時に旅行には出ても生涯を首都コペンハーゲンのストランゲーゼ(25番地・30番地)という地区に住み続け、ひたすら室内の様子と背を向けた妻を描いた。

 一度会場を順路通りに一渡り眺めたあと、気になった作品の前のソファ(と称するのだろうか背もたれはないのだけれども)に腰かけ、しばらくぼんやりと5つの作品を見ていた。会場は噂に聞く最近のフェルメール展ほどには混雑していないと思われる。それでも来場者の静かなざわめきが会場を満たしていた。おとなしい哀しげな眼をした盲導犬とその主人が前を横切ったりもする。盲目の主人は介添え人に案内されて音声ガイダンスを聴いているのだ。

 ところで、その5枚というのは、一枚が視線を画面の左斜め前の本に向けていて珍しく顔が書き込まれている「読書する女」。他の4枚は壁を背にして女性(妻)がピアノを弾いていたり、左手でお盆を持って右腕が壁の前を拭き掃除でもしているかのような構図のもの。同じ人物と家具の配置で壁に掛かっている絵が二枚だったり四枚だったりする。その些細な違いと作品の醸しだす気分は何か神秘的でもある。或る評者はメランコリックと称したらしいが何か的を外しているようにも思える。

 こう書いてくると何だ面白くなかったのかよ、と呆れられそうだがさにあらず。この5枚は間違いなく傑作である。それともう一枚。やはり女性が後ろを見ていて画面の焦点が女性のうなじにあてられている作品。これらは神韻縹渺と形容してもよい完成度である。

 もう少し踏み込んで詳述したいが後日に。実は購入した図録で解説などにも眼を通して、この不思議というより奇妙とも言える絵の謎に迫るつもりだった。ところが或る事情ですぐには出来ないことに。その理由を少し。

 閉館の午後5時半を過ぎ会場を追い出され坂をとぼとぼと降りた。何やら、さっき観たハンマースホイの作品を少し人に語りたくもあった。そこでアカショウビンが近況を報告し気にしてくれていた高校の同窓のN君に電話。古本祭りで神田に来ているという。それなら、ということで秋葉原で会い一杯。彼は10月1日より本社勤務から福島県の郡山に転勤になっていて土日と祝日は東京に戻る生活に。絵のことや仕事を辞めたことなどあれこれ話し別れた。ところがほろ酔い気分で電車に乗り、座れたので安心し居眠り。あぁ~あ、それ見たことか乗り過ごしてしまった。上りの終電には間に合ったが電車を待っている間にカバンの脇に美術館で買い求めた図録を並べて置いた。ところが上り電車が到着し、よろよろと電車に乗ったときにカバンだけ取り、図録を駅のベンチに忘れてしまった。駅員には届け出たが、たぶん出てこないだろう。というわけでヴィルヘルム・ハンマースホイ作品については詳細が書けなかったというわけである。

 追記 ハンマースホイ展を観終えて約30分間、常設展を観た。二階の会場には神話に題材を採った絢爛たる宗教画が展示されていた。ハンマースホイの沈んだ調子とは何という違い!彼はイタリアへは旅したことがあったのだろうか。イタリアの空気は画家ばかりでなく北欧やデンマーク、北ドイツの作家たちにも憧れだったようなのだから。

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