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2008年11月25日 (火)

備忘録

 米長邦雄・将棋連盟会長のホームページを読んでいたら、24日が棋士・真部一男の一周忌であることに気づいた。詳細は昨年のブログで縷縷述べたので繰り返さない。そのあとを追うかのように今年、最初の夫人であった草柳文恵さんが自殺された。

  25日は「憂国忌」である。今さら三島由紀夫でもあるまい、という声も聞こえる。しかし、その頃まだ多感な高校生だったアカショウビンは、ひりひりするほど時代錯誤に見えたこの事件に強いショックを受けた。それで三島礼賛にはしったわけではない。けれども作家が煩悶していた問題領域には、その後ゆるゆると様々な文献を渉猟しながらいまだに捉えられている。付かず離れず、この問題圏域の周囲を徘徊しているといってもよい。あの頃、巷ではベトナム反戦運動が盛り上がり左右の対決も現在より明確で熱い政治の時代だった。

 三島が自裁する前年の1969年5月13日、東大全共闘との公開討論(この日の討論内容は「美と共同体と東大闘争」角川文庫 平成12年7月25日に両者の討論後の感想の文章を含めて収められている)で事前に拵えて臨んだ若者たちへの五つの問いを、命日に因み書き写し、しばし感慨に耽る。①暴力否定は正しいかどうか②時間は連続するものか非連続か③三派全学連はいかなる病気にかかっているのか④政治と文学との関係⑤天皇の問題

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