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2008年9月18日 (木)

森田童子の世界

 何年ぶりだろうか、残っている童子の一枚のレコードを引っ張り出して聴いた。「GOOD BYE グッドバイ」というアルバムだ。学生時代に友人のA君が持ってきた曲は、このアルバムの「まぶしい夏」という曲だった。

 玉川上水沿いに歩くと

 君の小さなアパートがあった

 夏には窓に竹の葉がゆれて

 太宰の好きな君は 睡眠薬飲んだ

 暑い陽だまりの中 君はいつまでも

 汗をかいて眠った

 あじさいの花よりもあざやかに

 季節の終わりの蝉が鳴いた

 君から借りた 太宰の本は

 淋しいかたみになりました

 ぼくは汗ばんだ なつかしい頃の

 景色を覚えている。

 「君から借りた 太宰の本は 淋しいかたみになりました」という歌詞に太宰ファンだったA君は反応したのだろう。久しぶりに童子の声を聴きながら当時を思い出す。A君は中野に住んでいたアカショウビンの三畳の下宿に来て将棋を指して語らいながら、そう話した。あの頃に聴いて心に沁みた北原ミレイや八代亜紀、谷山浩子の歌と共に童子の声と歌詞はポエジーとなって心で反響した。

 童子が、ボクという男の子の立場に成り代わり少年の抒情を歌うのに、学生運動の余波を感じながら私たちは同時代を生きていたのだ。それは、あの世からの声のようにアカショウビンは聴いた。黄泉の國からの声のように、またオリオン座の暗黒星雲からの幽かなメッセージのように聴こえたのだ。今は記憶の彼方を手繰り寄せるしかない。童子の傷つきやすい幽かな声は彼岸からの声に見まごう思いがした。それはまたフランスのダミアの暗いシャンソンとも呼応してアカショウビンは聴いた。それは暗さと明るさの混ざった淡い水彩画のようなものだった。青春の喧騒とロマンとセンチメンタリズムは青春の特権でもあった。

 このアルバムの第一曲は、「早春にて」。

 君の好きな強い酒

 あびるほどに 飲み明かした

 長い夜があった

 淋しく二人眠った 始発の電車

 ただ陽射しだけが まぶしく

 話す言葉もなかった

 悲しく 色あせてゆく 青春たち

 と童子は歌う。その彼が去る姿を彼女は見ていた。青春は悲しみとともに色褪せてゆく。

 何年ぶりかでレコードから聴こえてくる童子の声に耳傾けていると記憶は当時の光景がフラッシュバックされて脳裏を過ぎる。それはまた中島みゆき、井上陽水の歌や、既に斃れた高田 渡、また今も不気味な(笑)元気さを維持する泉谷しげるの声は、あの当時の学生運動の余韻のなかでシュプレヒコールの声と共に想い起こされるのだ。

 

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コメント

続々と琴線に触れる名前が出てきておりますので素通りするわけにも行かず、またまた駄文で恐縮です。

>それはまたフランスのダミアの暗いシャンソンとも呼応してアカショウビンは聴いた。

あの「暗い日曜日」は浅川マキも歌っていました。
歌詞は、彼女の詩作でした。彼女らしいです。

時代ですから、ダミアの歌声は心の奥、骨の髄まで達して響きますが、
わたくしにとって童子は、身体の表層のそこかしこにチリチリ、ハラハラと感じます。

あの時の我々のシュプレヒコールは、いまだ、まだ、何とも共鳴せず、空高く放たれたまま。
いつの日か、こだまが返ってくる日を


投稿: 若生のり子 | 2008年9月25日 (木) 午前 01時33分

 若生さん、コメントありがとうございます。

 >あの「暗い日曜日」は浅川マキも歌っていました。
歌詞は、彼女の詩作でした。彼女らしいです。

 ★それは聴いてみたいですね。CDショップを探してみましょう。私が、そのころ聴いたピアフやバルバラと共にダミアの「暗い日曜日」「かもめ」「人の気も知らないで」の3曲は強烈な印象を受けました。

投稿: アカショウビン | 2008年9月26日 (金) 午前 12時12分

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