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2008年8月27日 (水)

四方界

 上田氏や大拙の禅仏教を通じた西洋哲学や仏教哲学の論説を読んでいて、それと深く関連しながら西洋哲学の中でも意外な展開を見せたのが後期ハイデガーの「四方界」という思索である。先の大戦前に瞠目すべき主著「存在と時間」(別訳では「有と時」)を著し西田幾多郎、田辺 元など京都学派と称される哲学者達に鋭い影響を与えたドイツの哲学教師は戦中を自国の軍事政権と実に危うい関係を取り結び戦後も独自の思索を続けた。上田氏が留学中に打ち込まれたエックハルトの研究も同時代のハイデガーの思索が大きな影を落としている。当時のハイデガーはライバルのヤスパースやマスコミからも異様な眼で見られながら「神秘思想」と看做されたであろう領域に踏み込んで思索を続けている。

  「四方界」とは、後期ハイデガーの独特の思索であり、天空と大地と神聖なる者たちと我々人間、死すべき者たちの四界である。これは西洋という風土の中でキリスト教・ユダヤ教の一神教に対する異論でもある。それは上田氏や大拙の説く、西洋からは「神秘主義」と看做されがちな禅に関する異論として展開される論説と呼応しながら辿ると実に面白い思索である。

 禅は果たして「神秘主義」なのか?という問いに対する上田氏の回答は先の著作を読むと西洋の研究者たちの理解と奇跡的に呼応しているようにも推察される。敢えてキリスト教・ユダヤ教と併置するけれども、デカルト、カント以来の西洋近代哲学を、西洋を貫く宗教史と絡めて「存在の忘却」と見なし解体しようとするハイデガーの生涯の思索は上田氏や大拙の禅観を通じて新たな光を放っているようにも思われる。更に、その足跡を辿っていきたい。

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