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2008年8月13日 (水)

夏を往く

朝夕に夏は終盤の気配も感じる。既に秋は忍び寄っている。長崎、広島の慰霊も過ぎ15日に向けて若い日本国民のどれくらいが国の歴史を振り返るだろうか。かく言うアカショウビンも多くの国民と同様にテレビのオリンピック漬けの毎日だ。張 藝謀の開会式の演出は日記に書いたので繰り返さない。

先月、昨年の3月の退職以来1年ぶりで再就職した会社を或る事情で辞めた。新たに就職活動をしながら迎える8月である。2年続けて無職の8月は社会人になって初めてではないか。人生の節目と見なしリセットするのに慌てることもないとも思う。自由な時間は楽しむにしかずだが無給の不安にも晒される。テレビを見ながら時間は過ぎる。買い溜めて読まず、聴かず、観ず、の本やCD、DVDも山積み。少しずつ蚕が桑を食べるように読み、聴き、観ていこう。そのうち繭も作らなければならない。

一昨年は映画監督の黒木和雄が逝き、遺作や「父と暮らせば」の旧作を観直して改めて新鮮な8月を過ごした。今年はいつのまにか過ぎて行ってしまっている。それにしてもオリンピックの狂熱には知らず染まってしまう。思えば東京オリンピックは小学5年生の時。故郷の奄美では少し前にやっとNHKテレビが見られるようになった頃だった。オリンピックは授業時間に見せてくれてクラス中がオリンピック熱に感染。休み時間は廊下でレスリング。水泳は米国のエース、ショランダーの目を瞠る美しい泳ぎに感動しプールや海で真似た。遊びで棒高飛びを真似て足を折った奴もいた。その頃が人生の絶頂期だった、と再三繰り返しているのは蝶採集に熱中したからだけでなくオリンピックの影響が色濃く影を落としていることにあらためて気づく。

長じて本来なら老後へ向けて金銭的な余裕も持ちながら準備し充実した時間を過ごしている筈が無職の不安に領されるのは不徳のいたすところ。しかし、それでもオリンピックを楽しむ。そういう時間は人生でそれほど多くもないと思うからだ。

先日NHKテレビで「帽子」というドラマを途中からだが観た。広島の原爆で人生を狂わせられた男女の物語だ。主演の緒方 拳と田中裕子が戦争の悲哀を味わい深くゆったりと演じていた。今年の夏の収穫は今のところ、これくらいだ。

大好きなマラソンに期待の野口みずきが欠場なのにガッカリ。野球はまさか初戦でこけるのではないだろうな、と気にもする。

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