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2008年7月11日 (金)

秀作「告発のとき」

  かつてアニメ版の「火垂るの墓」に号泣したアカショウビンは評判の実写版を観る度胸と勇気がない(笑)。情けない小心者である。神田を歩いても岩波ホールは避け、古本屋で200円の薄い古本を一冊買って帰ったコンジョナシだ。野坂昭如氏の原作も読んでいない。アニメを見れば十分とムキになるのが情けない。

 しかし評判の「告発のとき」(ポール・ハギス監督)は噂に違わぬ秀作と納得した。米国の現政権への批判は痛烈。息子達を失う夫婦の哀れをトミー・リー・ジョーンズとスーザン・サランドンが渾身の演技で演じ秀逸。脚本の才能は「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年 クリント・イーストウッド監督)で、確と諒解している。

 台詞も構成も映像も考え抜かれている。アカショウビンは物語の下手な解説・説明はしない。諸氏・諸淑女にはスクリーンで映像と対峙していただきたい。ただ、ひとつだけ優れたシーンを。母親が息子の姿を留めていない死骸とガラス越しに対面する。「あちらの部屋は寒いの?」と夫と事務官に訊ねる。スーザン・サランドンの充血した眼と、かすれた声と、トミー・リー・ジョーンズの狼狽は、親の怒りと哀しみと絶望を表現する。それは、人間という存在の苛酷と哀れと、敢えて言えば監督の眼差しは人間という生き物の不気味さにまで届いていると思われる。

  作品として優れているのはイラク戦争への批判と共に、監督の眼差しは親子二代、あるいは三代、そして連綿と戦争を続けて現在もまたイラクで戦いの渦中にある自国の宿命を批判だけでなく反省として責任として描き得ていると思われるからだ。それは過去の作品としては「ディア・ハンター」(1978年 マイケル・チミノ監督)をも想い起こさせる。心身ともに戦争の傷を負った若者達を描いた作品だった。

 それでも米国という国家は戦争を続け世界に力を誇示し続けるだろう。監督のメッセージは、作品の最後にトミー・リー・ジョーンズが、米国国旗を通じて伝えている。それを解釈すれば、現在の米国という国家は自分達こそ今もっとも助けを求めなければならない大変な時なのだぜ、というものであろうか。

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