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2008年7月29日 (火)

畏敬と崇高について考える

 小林秀雄の講演テープを聴きながら改めて精神に喝!を入れられる思いがした。

 「信ずることと考えること」と題された講演は社団法人 国民文化研究会が主催し夏季学生合宿教室として昭和49年8月5日に鹿児島県霧島で行われたもの。話のマクラはユリ・ゲラーの念力。ああいうことは氏が若い頃からあったもので目新しいものではないとして、ベルグソンの異常現象や心霊学への対し方を通し、科学とは方法論であり高々三百年くらいの方法の一つでしかない、と論じながら柳田国男の話へ移っていく。

 柳田国男の晩年の著書である「故郷七十年」という著作に氏は感動したとして紹介する話はアカショウビンも巣鴨の今ではなくなっているらしい「三百人劇場」という会場での講演で聴いた。今でも小林秀雄の肉声とともに鮮やかに覚えている印象深い話だ。柳田国男は明治20年秋、13歳から2年間、茨木県の布川という土地に開業していた新婚の兄をたよって住んでいた。そのころの話である。柳田の著作の小林秀雄が引用した箇所を抜き書きする。

布川にいた二ヶ年間の話は、馬鹿々々しいということさえかまわなければいくらでもある。何かにちょっと書いたが、こんな出来事もあった。小川家のいちばん奥の方に少し綺麗な土蔵が建てられており、その前に二十坪ばかりの平地があって、二、三本の木があり、その下に小さな石の祠(ほこら)の新しいのがあった。聞いてみると、小川という家はそのころ三代目で、初代のお爺さんは茨城の水戸の方から移住してきた偉いお医者さんであった。その人のお母さんになる老媼を祀ったのがこの石の祠だという話で、つまりお祖母さんを屋敷の神様として祀ってあった。

この祠の中がどうなっているのか、いたずらだった十四歳の私は、一度石の扉をあけてみたいと思っていた。たしか春の日だったと思う。人に見つかれば叱られるので、誰もいない時、恐る恐るそれをあけてみた。そしたら一握りくらいの大きさの、じつに綺麗な蠟石の珠が一つおさまっていた。その珠をことんとはめ込むように石が彫ってあった。後で聞いて判ったのだが、そのおばあさんが、どういうわけか、中風で寝てからその珠をしょっちゅう撫でまわしておったそうだ。それで後に、このおばあさんを記念するのには、この珠がいちばんいいといって、孫に当る人がその祠の中に収めたのだとか。そのころとしてはずいぶん新しい考え方であった。

 その美しい珠をそうっと覗いたとき、フーッと興奮してしまって、何ともいえない妙な気持になって、どうしてそうしたのか今でもわからないが、私はしゃがんだまま、よく晴れた青い空を見上げたのだった。するとお星様が見えるのだ。今も鮮やかに覚えているが、じつに澄み切った青い空で、そこにたしかに数十の星を見たのである。昼間見えないはずだがと思って、子供心にいろいろ考えてみた。そのころ少しばかり天文のことを知っていたので、今ごろ見えるとしたら自分らの知っている星じゃないんだから、別にさがしまわる必要はないという心持を取り戻した。

 今考えても、あれはたしかに、異常心理だったと思う。だれもいない所で御幣か鏡が入っているんだろうと思ってあけたところ、そんなきれいな珠があったので、非常に強く感動したものらしい。そんなぼんやりした気分になっているその時に、突然高い空で鵯(ひよどり)がピーッと鳴いて通った。そうしたらその拍子に身がギュッと引きしまって、初めて人心地がついたのだった。あの時に鵯が鳴かなかったら、私はあのまま気が変になっていたんじゃないかと思うのである。(昭和34 のじぎく文庫 3536

 今朝、ミクシイでブルックナー好きの人と遣り取りした縁もあり久しぶりに集中してブルックナーの第4番の交響曲を聴いた。アカショウビンの敬愛するオイゲン・ヨッフムという指揮者の演奏である。ヨッフムはブルックナーの交響曲全集を二回録音しているが、その最初の録音である。1967年にベルリン・フィルを指揮したものだ。名盤といわれているものはアカショウビンは幾つも聴いたけれども、この演奏に聴き取れるものもヨッフムという指揮者のブルックナーの音楽に対する畏敬といえるものである。そこには冗長と時に揶揄されるブルックナーの音楽が崇高さを帯びて聴こえてくる。

 この作品をブルックナーの代表作としない専門家は多いであろう。しかしアカショウビンはヨッフムの演奏を聴いて代表作とか何とか喋々することはどうでもよいことだ、と思う。ここにブルックナーの音楽の本質と思われるものがちゃんと聴こえてくるからだ。それは指揮者とオーケストラが恐らくブルックナーの音楽に対し畏敬の念に包まれながら演奏しているからだろう。ブルックナーの作品を支配している神への畏敬の念が指揮者や楽団員たちにも心から理解されているからだと思われる。

 同様に小林秀雄の講演には小林秀雄という批評家の本質が学生たちを前にして率直に現れている。それは当時、打ち込んでいた「本居宣長」で宣長の文章を読み解き思索する話を通して学生たちの質問に答える言説で縦横に論じられる。それは実に面白い講演であり質疑応答が繰り広げられている。

 しばらく前に源氏や宣長の〝もののあはれ〟についてコメントを頂いた方々にも刺激されながらアレコレ考えた。それはまたブルックナーの音楽を聴きながら、小林秀雄の言説を聴きながら、荘重とも厳粛とも崇高とも受け取られる概念を思索し〝もののあはれ〟についても再考していきたいと思う。

 先日から上田閑照氏の「非神秘主義 禅とエックハルト」(2008年 4月16日 岩波現代文庫)を読んで啓発されている。手に取った理由は戦後のハイデガーの思索にエックハルトの影響が強いと思われるからである。ドイツの中でもエックハルトは未だに神秘主義者でキリスト教会からは異端のレッテルを貼られたままなのかもしれない。しかし上田氏は禅と呼応させながらエックハルトを新たに読み解いておられる。禅への造詣も含めて、それは実に精緻で見事な読解と感嘆するのだ。この「哲学コレクション」と題されたシリーズは上田氏のこれまでの研究を主題によって並べ替えたものだが氏の生涯の研鑽を集大成し後人へバトンを渡す意図が明らか。アカショウビンも心して精読し感想を書き込んでいくつもりである。

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