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2008年6月14日 (土)

秋葉原という磁場

 秋葉原の殺傷事件については遅まきながら書いておきたいことがある。というのも20年前に犯行現場近くの電器店がアカショウビンの職場だったからだ。その頃はバブルが崩壊する前後。会社は退社したあと数年後に倒産した。建物は今も残っているが経営者は替わった。都内では池袋、新宿などに大型電器店が出現し、電化製品のメッカという「秋葉原神話」は崩壊しかかっていた頃だ。

 その頃からパソコンが普及し始める。主要電器店は家電からパソコンへシフトしていく。しかし戦後のドサクサから「電器の街」に特化し繁栄してきた姿は急には変えられない。「電器のことなら何でも揃う」というキャッチフレーズで衆目を集めてきたのだから。駅下のジャンク店は今も旧態のまま。ところが、この10年の変化は実に急激だ。大型電器店が時代の変化に対応できず倒産・縮小していく。この10年のアキハバラの変化は「異常」とも言える。

 アカショウビンが転職した会社は偶然にも秋葉原の近くだった。その頃はレコードからCDへ移り変わる頃で音楽オタクのアカショウビンはI丸電器の売場には足しげく通っていた。だから街の変化はしっかり目の当たりにしている。まぁ、アカショウビンはこの20年、アキバウォッチャーみたいな者だ。

 その秋葉原は更に姿を変え現在のアニメの「メッカ」に変貌した。

 Yカメラ店が2~3年前に秋葉原のメインストリートとは反対側に出店した。それが秋葉原の客の流れに決定的な変化をもたらす。犯行現場周辺の電器店、パソコンの大型店がアニメ関連店に取って代わる変化は目を瞠るばかりだ。アカショウビンの買い物のCDも本もオーディオ製品も家電もYカメラ店で済むようになった。自ずとメインストリートに足は遠のく。

 その場で驚愕する事件が生じた。それはアキバという磁場がもたらしたものとも言えるだろう。25歳の男は己の鬱憤とも怒りともつかぬものを晴らす場をアキバに決めた。それは現在の日本の抱える政治・経済・文化の現状も反映する犯罪となった。それにしても理不尽な犯罪といえる。しかし少なくとも戦後の犯罪史を辿れば類似の犯罪や動機には思い当たる。同じ県出身の永山則夫の犯罪動機にも相通じるものがある。犯人の家庭の中流とも見える環境は永山の貧しさとは対照的だ。しかし両親の躾と教育観や己の現状、世相への反発・憎しみ・不満・怒りは通底しているとも見える。それが屈折、錯綜し暴発した。

 それは社会の「病理」が噴き出たとも言えよう。国民はいつでも被害者から加害者に転じる可能性を持っている筈だ。

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