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2008年3月21日 (金)

懲りない世界

 中国のチベットに対する仕打ちは、かつてのソ連や現在のロシア、米国の暴挙と同じで大国の暴政をまたぞろ起こした失態だ。先日も中国嫌いの友人と話していて居酒屋での酒の席だが喧嘩ごしの議論になった。この惑星での国家間の軋轢は日常茶飯事、呑気な日本人には時に降って湧いたように起る他人事のようでもある。それにしても懲りない大国の横暴というしかない。しかしこの半世紀から百年の歴史を振り返れば我々の両親や祖父母の経験した歴史事実である。それは感情的なもつれにも歴史認識の齟齬にも至る。果たして人間という生き物の未来は遥かな視点から見ればどのような結末になるものか。

 ヤスパースの問題提起は、今回の事件とも呼応している。ナチズムの所業は国際紛争の中で規模は異なれども現実化している事実である。

 先日観てきた概ね好評の「明日への遺言」も見方によっては甘い認識の作品とされかねない。山田洋次監督の「母べえ」がヨーロッパの映画祭では殆ど黙殺されたのと同様に。しかし昨今の邦画のなかでは異彩を放つ真摯な作品としてアカショウビンは評価する。それはC・イーストウッドの先の大戦を主題にした作品とも呼応する、我々が生きる現実に向きあわさせられるメッセージ性を有しているからだ。先の大戦から何を学ぶか。一本の映画作品の印象を超えて原作者と監督の抱いた問題意識を追跡・追求する作業が私達には課されていることは自覚しよう。

 このブログは情勢論とは距離を取っている。しかし時に現実と切り結ばねばならない局面にも出会う。しかし、それで視野狭窄にならず考察する姿勢は堅持したい。アカショウビンも一年ぶりに来週から再びサラリーマン生活に戻る。この一年で「充電」が出来たかどうか。呆けが戻らず社会復帰が叶わぬかもしれない(笑)。しかし人間はカスミを食って生きてはいけない。出来るものならそうしたいのだが(笑)。この金満大国はアフリカや経済的に貧しい諸外国からすれば天国みたいなものだ。けれども不幸は形を変えてこの国にも遍満している。この歳になれば余生のようなものである。残された時間を如何に納得して帳尻を合わすか?これが喫緊の課題となり覆い被さってくる毎日だ。岡田中将のように「ちょっと、隣に行って」くる境地には達せられないだろうが、心残りなく言うべき事と書くべき事はやっておきたいと思う。

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