« 沖縄問題の関連資料 | トップページ | 3月の映画評 »

2008年3月 2日 (日)

沖縄という磁場

 前回の記事は、ここのところの記事の流れからして唐突であり恐縮する。これは昨年の少女レイプ事件で沖縄が激しく怒りを顕わにしたのと、本土(ヤマト)の反応の鈍さが訝しいという或る女性のブログで若い男たちとの応酬に刺激されたこともある。それとは別に昨年から継続している集団自決の軍命令の有無を争う日本人の戦隊長らと大江健三郎氏の訴訟も呼応して興味深い展開を見せていることにも触発されたからである。

 その裁判とは大江氏の著作「沖縄ノート」中の記述に対し虚偽の記載をされたとして、旧日本軍の戦隊長らが大江氏と岩波書店に対し出版差し止めと慰謝料を求めたものだ。被告の大江氏は大阪地裁に出廷し尋問に答えた。原告は座間味島での戦隊長だった梅沢 裕氏(90)。原告は自決命令を出したことを全面否定。判決は春に出る。

 この訴訟の契機ともなったのが曽野綾子氏の軍命令ではなかった、と主張する著作でもあり、この著作が「沖縄ノート」を誤読したものであることも指摘され、曽野氏や原告者たちの著作や発言内容の真偽の検討と旧日本軍人、沖縄の地元民の各証言を通して喋々されている。沖縄の地元紙では沖縄出身の作家、目取間俊氏と漫画家の小林よしのり氏の応酬にまで拡大しているのである。

 1970年に岩波新書として出版された「沖縄ノート」の記述が今頃になって何故訴訟騒ぎになるのか?それは沖縄の島々の歴史で特に近現代史が発する磁力・磁場である。その詳細は追々このブログでも書き継いでいくとして、これが保守論壇の歴史記述に関する論説の是非にも関わってくる経過も炙り出す。原告と曽野氏、小林氏らはそれぞれの関係する雑誌等で論客の発言や沖縄の地元民の証言を引き或いは孫引きして集団自決に関し「軍命令はなかった」と主張する。対して毎日新聞の記事によると大江氏は「日本軍という大きな構造体の命令として書いた」と主張したとして記事の見出しは「大きな意味で『軍命令』」としている。

 アカショウビンが関係者間の応酬のブログを読んでいて前回なぜコピーの一部を掲載したのかの理由は大江氏が同書で次のような米国の意図を明確に認識していることにもよる。

 >すなわち沖縄の民衆は、そこに核基地をおいて威嚇しようとするホワイト・ハウスとペンタゴンの人々の想像力において、報復核攻撃によって殲滅されるべき者たちとして把握されているということである。この核基地が抑止力として機能しているということがもし事実であるなら、それはアメリカが沖縄の核兵器によって威嚇している相手国の政治指導者と軍部の想像力においても、沖縄の民衆が潰滅するという状況を、安い犠牲とみなす者たちが、そこに置いた核兵器で自分たちを威嚇しているのだ、という実態がはっきり了解されている、ということである。それではじめて、あの剥きだしの小さな島の核基地が、脅迫の武器、恐怖の焦点として実在しはじめるのだ。(「沖縄ノート」p65 1980年版)

 先のコピーはアメリカ側から、大江氏の認識が事実であることを裏付けている。これを「パワーポリティックス」といった術語で論議するのは容易い。しかし沖縄に住む人々の生活実感・心境・歴史に想像力をはたらかせるなら事の深刻さは身震いせずにはいられないだろう。ハイデガーは戦後1949年にブレーメンで行った講演で既に次のように述べている。

 >原子爆弾の爆発とともにこれからやって来そうなことに、人間はみとれている。だが、もうずっと前から現に到来してしまっており、しかも現に生起してしまっており、しかも現に生起してしまっている当のものを、見ようとはしない。原子爆弾とその爆発といえど、せいぜい、この本体から吐き出された最後の噴出でしかないというのに、である。(中略)そんな途方にくれるしかない不安に襲われていながら、何を呑気に待ちかまえようというのか。戦慄すべきものが、もう現に生起してしまっているのだとすれば。(「ブレーメン講演とフライブルク講演」 2003年 創文社 p6)

 現今の米国のアジア・中東・アフリカにおける国家戦略に同調し沖縄での先の大戦の禍根と失態を日本は二度と繰り返してはならないだろう。しかし政府の姿勢と左右マスコミの論調は限りなく後退しているようにしか見えないのはアカショウビンだけだろうか?先日の“もののあはれ”を考えるなかで引用した小林秀雄と江藤 淳の遣り取りのあと江藤は急激に保守論客としてその言説は激烈になっていく。それは将来を嘱望された若き大江健三郎と若き批評家の確執となっても展開していく。

 沖縄についてアカショウビンの考察の契機となった資料に吉田 満氏の「戦艦大和ノ最後」というご著書がある。これは実に奇跡的に戦後に残された生々しい戦闘記録である。これが記録を超えて見事な文学的記述ともなっているところに作家や批評家は共振した。この記録を涙で読んだ作家は吉川英治だ。出版に尽力したのは創元社にいた小林秀雄である。出版に漕ぎ着けるまで占領下の検閲の目は厳しく吉田氏は何度も書き直した。吉田氏の原文の苛烈さに対する過大な影響を考慮し検閲者は却下したのだろう、出版まで数年以上を要した。検閲制度の真相は小林に続く文藝批評家、江藤 淳が尽力し明かした。戦後の、占領した側が占領された国家の言語空間を如何に支配するか。江藤は生涯の後半生を賭して取り組んだ。

 アカショウビンも江藤や保守論客たちの言説と高橋哲哉氏らの対抗者たちの言説も眼を通し考察していこう。

|

« 沖縄問題の関連資料 | トップページ | 3月の映画評 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/40332199

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄という磁場:

« 沖縄問題の関連資料 | トップページ | 3月の映画評 »