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2008年1月10日 (木)

アフリカ的段階・もののあはれ

昨年発売された月刊誌(中央公論)1月号の吉本隆明氏と中沢新一氏の対談が面白かった。タイトルは「『最後の親鸞』から はじまりの宗教へ」。中沢氏も述べているように吉本氏の論考の中で特に興味深いのが親鸞論だ。氏の親鸞に関する論考は昭和4612月から昭和51年7月まで「春秋」に『聞書・親鸞』として16回にわたり断続的に掲載された。そのうち後半の部分が「最後の親鸞」として出版されている。アカショウビンも学生の頃に氏の著作の中では異彩を放つ著作として面白く読んだ。昭和56年には「聞書・親鸞」の前半の部分がノートとして追加され「増補 最後の親鸞」として出版されている。

 この30数年にわたる吉本隆明の思索の中で親鸞は独特の位置を占めている。

 中沢氏によると吉本氏の親鸞が最近また広く読まれているという。それはオームへの関心が忘れ去られようとする過程で<スピリチュアル>やテレビ番組での精神科学や新宗教に対する関心の高まりによるものとも思われる。氏の宗教論は聖書の「マタイ伝」を介してキリスト教へのスタンスから親鸞や宮沢賢治を介した日蓮まで視野をもつものだ。最近は浄土宗・浄土真宗への関心も高まっているから吉本・親鸞も若い人たちの間で再読されているのだろう。

 対談は親鸞を呼び水に幾つかのトピックを立て展開していく。その中で興味深いのは中沢氏が関心を示している吉本氏の「アフリカ的段階」という概念だ。氏が「アフリカ的段階について 史観の拡張」という著作を出版したのは1998年5月である。これはアカショウビンも一読した。それはマルクス・ヘーゲル史観の「アジア的」という概念に対する違和を思考し、これを克服したと直感した、と吉本氏が明かしている論考だ。

 「アフリカ的段階」とは次のような概念である。

  ――十九世紀の西欧資本主義社会の興隆期に、ルソーやヘーゲルやマルクスによってかんがえられた、西欧近代社会を第一社会とし、これに接するアジア地域の社会を第二社会とし、アフリカ大陸や南北アメリカやその他の未明の社会を旧世界として世界史の外におく史観がアフリカ大陸の社会の興隆とともにさまざまな矛盾や対立を惹き起こし、それがヘーゲル、マルクスなどの十九世紀的な史観の矛盾に起因するとみなされるとすれば、「アフリカ的段階」という概念を、人類史の母型(母胎)概念として基礎におき、史観を拡張して現代的に世界史の概念を組みかえざるをえないかもしれない。(「アフリカ的段階について 史観の拡張」p4~p5

 吉本氏が、この対談で述べているように氏の重要な仕事はマルクスや、親鸞を通して仏教を「解体する」ことと総括できる。その中で「アフリカ的段階」という概念はマルクスもヘーゲルも深く追求しなかった「アジア的」という概念に留まる史観を吉本氏が拡張した概念である。「アフリカ的段階」を説明するなかで挙げているアメリカ先住民文化について彼らの中で「宗教」が生まれたのは19世紀頃として中沢氏は自身の研究をもとに次のように述べているのも興味深い。

  ――白人が入ってきて、彼らの文明が完全に追いつめられた。それに対抗して、自分たちの文化的伝統を守るために、精神的団結をしなければならないというときに、初めてサンダンスとかゴーストダンスという、新しい宗教が起こりました。それ以前の先住民文化では、部族は独立していますし、これを一つの国家のようなものにする動きは起こらなかった」(中央公論1月号p110111)。 

 その宗教の実態というのは「お互いの違いを超えて、幻覚の中で一つの信仰に一体化するということから始まった」というものである。近代に起こったアメリカ先住民の新宗教運動というのはそれまでの先住民文化とは異質のものであると中沢氏は指摘する。多才な氏の研究・思索の契機になったのが「最後の親鸞」であったことは興味深い。

 この対談のトピックの中でもう一つ興味深いのは中沢氏が吉本氏に投げかけた「もののあはれ」についてである。それは我が国で本居宣長や小林秀雄の思想・思索を通じて現在まで日本文化の最も底の部分を流れる、欧米人はもちろん中国人や韓国人にも理解しにくく、また多くの日本人も言葉にして説明するのが難しい概念である。いうまでもなく吉本氏は「戦中派」である。十代を皇国少年として生きた氏は戦後にマルクスを党派性を超えたレベルで読みこなすことで思想的な立脚点を構築し文学者たちの「戦争責任」を追求した。天皇制へも鋭く広範な視角から画一的な政治的立場とは次元を異にする思考を展開してきた。それは宗教化したロシア・マルクス主義とその同調者達を徹底して論駁する我が国でもっともラジカルな思考者であると言える。批判の対象は小林秀雄や恐らく保田與重郎も含めて先の大戦を「反省しなかった」文人・哲学者・思想家たちである。この対談で吉本氏は戦争中の言説世界のなかに瀰漫していた「もののあはれ」に嫌気がさしたと述べている。だから小林秀雄には敬意を表しながらも戦前・戦中の「負の部分にかかわる問題も含めて」「もののあはれ」にまつわるものはすべていいと肯定したのが容認できないのである。吉本氏の戦後の仕事は正しく小林秀雄が見なかった「負の部分」に「穴を開け」る力仕事だったと概括できる。

 中沢氏が対談の最後で述べている事柄にはアカショウビンも賛同する。

 ――親鸞のような形で宗教を解体してしまうと、宗教性が消えるかというと、そんなことはない。近代合理主義の立場からすれば、宗教を解体して合理的な世界観にしていけばいいじゃないかということになるけれど、そうはいかないんです。解体するとそこに自然法爾(じねんほうに)として自然に出てくる心の構造があって、これこそ宣長や折口が問題にしたものです。それは実体があって生きており、法則性や構造もあって生きている。それを「宗教」という言葉を使わずに、何と名づけるかが、これからの課題です。ヨーロッパ人は、日本人は宗教を知らないと言い続けると思いますが、それは違います。ヨーロッパの宗教は、巨大な「もののあはれ」をベースにした、何とも名づけようのない人類的なるものの一部でしかない。ヘーゲルのような体系の作り方は、ヨーロッパを土台にしてつくる体系ですが、そうではない別の体系があるんじゃないかというのが、吉本さんのメッセージのような気がします。

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