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2007年12月 8日 (土)

「らくだ」

 先日、ある落語会で「らくだ」という噺を久しぶりに聴いて、かつて聴いた中味と少し違うので志ん生のテープを聴き直した。これは全集のもので昭和33年1月の録音。先の落語会では桂 伸治師を初めて聴いた。そこで面白かったのが「カンカン踊り」の「歌」である。「カンカンノキュウレンス~」という歌を伸治師は入れていた。これは何かの映画で聞き覚えがあり面白かったのでメモしておいた。その内容を究明するには至らなかったが。その音程が面白かったのである。映画では俳優の仲代達矢氏が、あの独特の低い声で唸るように語るように演じていた。その唄いには何か特別な意味も込められていたかもしれない。

 聞けば、あれは江戸時代に中国から入ってきた清楽のひとつだという。「キュウレンス」は「九連環」。

 以下は映画からアカショウビンの聴き取りである。

 かんかんのきゅうれんす きゅうはきゅうできゅ さんしならえ さーいほ しーかんさん ぴんぴんたいたい あーんも めんこがくわくって きゅうれんす かんかんの きゅうれんす(繰り返し)

 この最初の「かんかんのきゅうれんす」を伸治師の噺で聞いて、おやっ、と思ったのだ。アカショウビンが聴いた、多分志ん生だろうが、その録音の中にはなかったように思えたからだ。確かに聴き直した志ん生の録音には「かんかん踊り」と言うだけで「歌」はなかった。ところが或る人から教えてもらうと、どうも上方落語では「歌」入りだという。昨日、桂 米朝師のCD(平成元年10月17日の録音)を購入し聴いた。ちゃんと「歌」が入っている。なるほど、それは上方流なのかもしれない。名演は笑福亭松鶴らしい。録音はあるのだろうか、探してみよう。

 それはともかく。米朝師の噺は志ん生とは後半の趣がかなり異なる。酒が入ったあとの屑屋の豹変ぶりを米朝は実に丹念に描写する。それは上方落語の真髄とでもいう名演だ。小さな落語会から志ん生、米朝を聴いた幸を言祝ごう。

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