« 聞かせてよ愛の言葉を | トップページ | ベートーヴェンとは何者か?(続き) »

2007年11月12日 (月)

ベートーヴェンとは何者か?

 DVDで「敬愛なる ベートーヴェン」(アニエスカ・ホランド監督 2006年)という映画作品を観た。口うるさいクラシックファンにも好評とのことで一見しようと借りてきた。当時のウィーンなど時代風俗や衣装などの恐らく忠実な模造はモーツァルトをテーマにした「アマデウス」(ミロス・フォアマン監督 1984年)を想い出させた。作品も、神格化されているモーツァルトとは異なる天才音楽家をよく描いた佳作ではないかと思う。そこで映像を通せば作品を耳で聴いて受ける印象と合わせてベートーヴェンとは何者か?という問いにも突き当たる。

 モーツァルトとは何者か?という問いと、それは少し異なるような気もするが。それはバッハとは何者か?ブルックナーとは何者か?、ワーグナーとは何者か?ブラームスとは何者か?でありアカショウビンにとっては井上陽水とは何者か?中島みゆきとは何者か?でもある。奇妙な人選で申し訳ない。たとえばブールデルの彫刻に表現されている一人で世界の悩みを背負ったような仏頂面のあの顔が嫌いだとか、いやあれがいいのだとか、作品のあの深刻ぶりが嫌だ、いやあれがたまらないのだ、とか巷であるいは歴史的にもベートーヴェンもモーツァルトに負けないくらい謎を投げかけてくる人であるのは間違いなかろう。アカショウビンは音楽が癒しや快楽だけでなく思索であり力であることをベートーヴェンから学んだ。

 映画はベートーヴェンの日常を探索しベートーヴェンの音楽を巧みに挿入し、ベートーヴェンとはどういう人物だったのか?を構成した。それはベートーヴェンに関心のある人なら見たくなる作品に仕上げられている。「アマデウス」の面白さを監督は継承して作品を仕立て上げた。それはベートーヴェンというモーツァルトとは異なる音楽家を造詣しようという気迫が漲り好感が持てる作品に仕上がっている。というより映像の裏で流れるベートーヴェンの音楽が何より雄弁だ。

 ベートーヴェンは西洋音楽の大家というだけで済ますことのできない音楽家である。洋の東西を問わず多くの人々がその音楽に触発され鼓舞され沈思し反発し癒され励まされたことだろう。アカショウビンも幾つかの作品を聴けばこの世に棲む日々の恵みを感じる。日常の憂さに対面できなくなった時にベートーヴェンの音楽は時に励ましとなり叱咤となる。呆けた日常にベートーヴェンは痛棒でもある。世に棲む日々は彼らの音楽を聴くことで刺激的なものに変貌する。

|

« 聞かせてよ愛の言葉を | トップページ | ベートーヴェンとは何者か?(続き) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/17048329

この記事へのトラックバック一覧です: ベートーヴェンとは何者か?:

« 聞かせてよ愛の言葉を | トップページ | ベートーヴェンとは何者か?(続き) »