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2007年11月26日 (月)

怒りと追悼

 先ず怒りから。原因は「週刊 碁 」という業界紙の記事による。11月4日から9日まで韓国の江陵(カンヌン)市で開催された「2007国際新鋭対抗戦」での日本勢の惨敗の詳報に目を疑った。記事の見出しは「大苦戦」。マスコミ・業界紙が如何に事実を隠蔽するのかの現在ただ今の見本である。かつての「大本営発表」の如きものだ、それは。それを「大苦戦」とは常識では言わない。「大惨敗」である。記者か編集者の姑息としか言いようがない本性には呆れる。しかも1ヵ月前の記事を全20ページの紙面の真ん中で何かこっそっりと掲載している。まぁ、それは下種の勘ぐりと思いたいが。しかし記念撮影に揃っておさまった写真を掲載するのは恥を晒して選手たちにとっては後々まで悔いを残すことになるのではないか?選手達は恥ずかしくてファンに顔向けできないだろうに。惨敗の内容は次の通りである。主将を務めた近年売り出し中の若手、井山裕太七段は中国・韓国の七段・六段に2連敗!チームは第1回戦の中国に1勝7敗!。2回戦の韓国にも1勝7敗!何をかいわんやである。

 これが日本の囲碁界の正真正銘の実力である。若手がそうで中堅、トップクラスがそうでないということはありえないだろう。今回は中国が圧倒的に韓国も負かしたが現在の実力はトータルでは韓国が世界一というのは衆目の一致するところだろう。しかし若手がこういう力差では韓国もうかうかしておられない。それからすると日本は大きく水をあけられているのだ。陸上競技で1周遅れ、水泳でプール半分以上も離され、息を切らしながら喘いでいる選手のようなものだ。スポーツは体力差がある。特に日本人は外国人に見劣りする。そんな古代ギリシア発祥の力比べに負けてもまだ悔しさは少ない。しかし囲碁・将棋は知力の勝負である。知力に身体の心肺機能や筋肉力、瞬発力は「あまり」関係ないだろう。つまり知的ゲームで日本のプロたちは中国や韓国の同業者たちより「頭が悪い」、ということなのである。もちろん、普通の人がそうであっても他で勝てれば人生はそれほど単純な勝ち負けは下されないものである。しかしプロは、それでメシを食う人々である。一部の業界で他国に負けても経済大国でお金があり裕福な生活が出来れば、そんなに目くじら立てなくても、という御仁もおられよう。しかしファン心理というものは、そんなものでないのはスポーツ観戦に熱狂する人々を見ればわかるはずだ。「頭が悪い」ということは囲碁や将棋の一対一の真剣勝負では「死」を意味する。

 昨今のように(昔からそうか)テレビを見る限り子供から大人まで皆さんがスポーツ好きで「負けても楽しめばいいのよ」と慰めとも自嘲ともつかぬフレーズがいつのまにか国土の隅々まで浸透した。しかし「知力」で負けることは「国民」として歯がゆくオリンピックと同じようにアカショウビンも一時的に過激ナショナリストになる。諸国の為政者たちやインテリ達は日本の囲碁の現状を透かして政治の茶番も含めて舐め切っていること明らかである。たかが囲碁、されど囲碁なのである。その事に業界人たちは、どれほど危機感を感じているのか?

 日本・中国・韓国・中華台湾の諸国で囲碁というゲームを長年研究し深め奥を窮めてきたのは日本である。かつては他国に断然水をあけてトップを走っていた。先の大戦のあとでは「木谷道場」の天才少年達の登場がそれをひときわ印象づけた。その彼らも齢を重ねて初老の域に達し往年の勢いは失せている。何人かは表舞台を去った。しかし偉大な趙 治勲は未だ健在である。そういった歴史に残るトップ棋士達が若手としのぎを削っている姿を近くで眺め学べる恩恵にあずかれるにも関わらずである。先の若手棋士たちの惨敗は。それは不勉強というよりテイタラクである。あぁ、アカショウビンの怒りに適当な言葉が見つからない!

 かつて木谷 實という奇特で面倒見のよい子供好きの好人物が私財を投げうって才能ある子供達を引き取り英才教育を実践した。氏は子供たちの心も身体も囲碁漬けにして研究させ次代の碁界を射程に少年達の薫陶に身を捧げた。その甲斐あって「木谷道場」からは天才少年達が続々と世に出た。その実力は中国や韓国を大きく引き離した。その隆盛に中国や韓国の天才少年たちは日本で囲碁を究めようと来日する。そこには差別も屈辱的な思いもあっただろう。しかし勝ち抜けば業界も世間も認め尊敬する。その清々しさは棋士とファンが築きあげてきたものである。一人のファンとして、そこに差別もへったくれもないのである。その結果、何人かが歴史的な棋士として名を残した。先日観てきた映画「呉 清源 」の呉氏が歴史に傑出する先駆けである。前人未到の境地とはこれを言うのだ。

 呉 清源、林 海峰、趙 治勲といった世界最強の棋士たちは日本で芸を磨き戦い頂点を極めたのである。現在の若手達はおそらくパソコンで研究しているのであろう。それは中国も韓国も同じようなものだろう。しかし何が違うのか?それは眼前の敵に対する闘争心と囲碁というゲームの奥深さに対する敬虔性の欠如ではないのか?眼前の敵は全身全霊で倒さなければ、その世界で生はないに等しい。囲碁も将棋も勝負事である。それは知力の争いという外に眼の前に座っている相手との触れることのない精神的格闘でもある。そこに馴れあいの隙を入れれば碁の神様からは見放されるだろう。

 少し冷静を欠いたきらいがあるのは自覚している。しかし一介のファンがかく言うよりご本人達がもっとも屈辱を味わっている筈なのは言うまでもないだろう。囲碁界や棋士達を尊敬するばかりの苦言と了解されたい。

 追悼に移ろう。

 それは今朝の朝刊で知った将棋棋士・真部一男八段の訃報だ。享年55歳。早過ぎる死である。1973年にプロ棋士になり天才棋士と将来を嘱望された。それに美男である。天は二物を与えた。しかし将棋界という世界は囲碁界もそうだろうが世間から見れば魑魅魍魎の棲む世界でもある。勝負の過酷さは堅気の日常からすれば異世界と言ってもよいのではないか。それは先の若手の囲碁棋士たちも肌身で直感している世界だと推察する。しかし中国や韓国の剥き出しとも推測される闘争心に怯んで優勢になっても勝ち切れないのだ。幸にも、あるいは不幸にも(世界の一流プレーヤーと戦い勝つことが出来ないということは勝負師にとっては不幸でもあろう)というべきか将棋棋士は韓国や中国と戦うことはない。将来はいざ知らず。

  アカショウビンは真部さんというほど親しくはなく先生と呼ぶほど師事したわけでもない。一人の勝負師への尊敬と哀悼を込めて文中の敬称は略させて頂くことをお断りする。

 鳴り物入りのデビューと、その後の勢いは、名人挑戦者を決めるA級にも入ったことで実力は証明されている。女性にはモテただろう。モテない輩が口悪く言えば真部はヤサ男である。友人の先輩棋士には俺は女にモテると己の性力を自慢し公言する豪傑もいた。しかし女性からすれば、そういう力を自慢するモテ男とは次元の違う妖しい魅力を持っていたのが真部という男だったのではないか。歌舞伎役者に御婦人達が群がるような妖しさと性的フェロモンを発散させていたと邪推する。その群がる女性たちを掻き分けて結婚したのは有名評論家の娘さんだった。週刊誌では才色兼備ともお見受けした。多くの女性ファンは歯ぎしりしハンカチも濡らしたであろう。しかしアカショウビンのような平均的な将棋ファンは天才が良妻を得て名人に向けて更なる精進も期待した。

 一人の将棋指しの突然のひっそりとした死は記憶の彼方から幾つかの光景を一挙に甦らせる。アカショウビンの学生時代は授業より当時の名画座や友人たちと遊びで始めた将棋熱が高じていつの間にか新宿の将棋道場に入り浸ることが多くなっていた。ほとんど何かに憑かれたように将棋にのめりこんでいったのである。大学の授業はさぼっても名画座と道場通いは止めない病気のようなものだった。その甲斐あって六級から始めた新宿と秋葉原の道場では二段にまではなれた。大学を卒業し就職してからは道場通いも少なくなり更に昇段するために勉強する時間もなくなった。

  新宿は今でも当時と変わらぬ大衆道場だが秋葉原のは小さなサロン風だった。そこで二段になった褒美に真部と飛車・角落ちで教えてもらったことがある。前の晩に定石書は一応読んで臨んだ。しかし将棋のプロというのは恐ろしい。定石を外され混乱しコロリと負かされた。その時に褒美の扇子を頂いた。決して達筆ではないが細く芯の強い文字だった。

 アカショウビンが大学を卒業し務めた会社は新宿にあった。出勤の或る朝、踏み切りの向こうから歩いて来るのが真部だった。褒美に二枚落ちを指して頂いてからしばらくたっていたからアカショウビンを覚えてもいないようだった。スーツ姿でもあり、あまりにも不甲斐ない敗戦だったから記憶に留まっていなかったと思われる。涼やかな風情で春風がそばを行き過ぎたようにスイとすれちがった。その頃はタイトルもとりトップ棋士に向けて順風満帆の頃だっただろう。

 その後、離婚をマスコミで知った。デビュー当時の華やかさと勢いは、派手な結婚、早過ぎる離婚が原因か、その後次第に衰えていく。天才・真部に何が災いしたのか?

 酒・女・博打の三点セットか?それは男の甲斐性とも言う。女性からすれば噴飯物だろうが。しかし将棋界は江戸時代以来の格式と戦前・戦後の破天荒な先達たちの旧習も残る古い世界でもある。真部も魑魅魍魎の棲む世界でそれに染まり溺れたのか?あるいは天才肌特有の努力不足か?本業より囲碁にかまけているとも聞いた。酒に溺れているとも。先輩には酒癖の悪いのも確かに多かった。離婚のあとには女性政治運動家との浮名も耳にした。その後は名人を目指す競争からは後から続々と出てくる少年達に追い越され、ここ数年は勝ち越すことも殆どなかったのではあるまいか。そこで突然の訃報である。この世で多少の縁もあった天才の早世を心から悼む。

  

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2007年11月21日 (水)

死刑制度について

 辺見 庸氏の最新刊「たんば色の覚書 私たちの日常」はアカショウビンの日常を刺激する。氏が繰り返し書かれているのが氏と関わりの或る死刑囚への共苦とも悶えとも感得できる思考だ。氏は刑の執行を自分のなかで了解しようと苦悶する。しかし人は他人の苦しみを己のものとすることはできない。そこには個別の想像力の深度だけが或る可能性を持つだけだからだ。

 氏が、その想像力の契機となる映像作品としてで挙げる「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(2000年 ラース・フォン・トリアー監督)を観直した。最新刊の中でも引用されている。これは何とミュージカル仕立ての作品である。評判を聞きかつて一見したが主演女優の見事さとカトリーヌ・ドヌーヴが出演しているのに驚いたことと、ミュージカルが独創的に使われていたことに記憶は留められ辺見氏の視角はアカショウビンにはなかった。しかし、この裁判劇でもある作品が死刑制度を思考するなかでジャーナリストで小説家でもある辺見氏にとって切実なものであることは再見すれば確認できる。

 一人の、か弱き女性、それは大概の男でもそうだろう、国家という装置と権力から裁判という紆余曲折の過程を経て殺される恐怖と苦しみを他者は共有できない。

 この作品は主人公が絞首刑に処されるまでの過程を詳細に描いている。その様子を辺見氏は凝視し、友人の死刑囚の執行の光景を反芻しているのだ。以前に観て、そのシーンは忘れていた。優れた映画作品というのは観る者それぞれに異なる印象を与えるものではないか。アカショウビンは主人公が殺人に至る過程と裁判を経て死刑執行までの心理劇を主人公と周囲の人々の視線や感情を通してミュージカル仕立てにした才覚に先ず意表を突かれる。

 辺見氏の想像の契機となる映像は恐らく友人の現実の死刑執行とは異なる筈だ。しかし国家が一人の人間を殺す行為の無残と驕慢に疑念を抱くならこの制度についても多様な視角で国民一人一人が自ら考え熟慮すべきだろう。

 ここで想い起こすのは松蔭寅次郎の死である。もちろん、この作品の主人公や辺見氏の友人が国家によって殺される事態と吉田松蔭の刑死は内実と外見が異なることは承知のうえで言う。アカショウビンはその心境を愚考すれば「留魂録」に残された松蔭の辞世を想像の契機とするしかない。

 呼びだしの声まつ外に今の世に待つべき事のなかりけるかな

 十月二十六日黄昏書す 二十一回孟士 

 と記されている松蔭の声が心の奥で響く。この覚悟と心境の表出は誰にでもできるものではない。しかし人が「国家」によって殺される心情の澄み切った透徹さをアカショウビンは読み取る。松蔭は覚悟の上で、それは当時の政治状況と深い学問に裏打ちされた止むに止まれぬ愛国心を処刑の前に歌に託した。しかし、そのような逸材を国家はいとも簡単に殺す装置であることを忘れないでいよう。

 アカショウビンは国家が人を斬首であろうが電気椅子であろうが絞首であろうが殺す事に同意しない。

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2007年11月20日 (火)

ふたつの「謝肉祭」

 きのう、新宿へ出て映画を見る前に中古CD・レコードを物色。レコードでシューマンの「謝肉祭」を2枚購入した。イタリアのベネディッティ・ミケランジェリというピアニストとアルフレッド・コルトーというその世界では神格化されている名人の録音である。

 アカショウビンはコルトーのほうが面白かった。しかし一方でミケランジェリのレコードの解説に引用されていたミケランジェリのコメントも面白かった。それは、そのレコードの2年前の1973年のインタビューに答えたものだ。

 「演奏をレコードにすることは愉しいですか?」という質問に、次のように答えている。

 「私はしんからそれ(レコーディング)が嫌いだ。それでもやっているけどね。必ずしもそれに熱中しているわけじゃないんだ」と。(三浦惇史訳)

 「謝肉祭」を買ったのは最近あれこれ書き込んでいるミクシイで好事家たちの書き込みに触発されたせいである。ミケランジェリのライブの「謝肉祭」が、その後のスタジオ録音のものより「凄い」という感想に刺激されたからだ。

 安さに飛びついて買ったミケランジェリのレコードは後で探したらかつて買っていたレコードであった!まぁ、それはよいとしてコルトーは面白かった。その打鍵はアカショウビンの偏愛するエリー・ナイのピアニズムに似る。叩きつけるような打鍵は時に耳に刺さるが作品の本質に切り込む演奏は確かに「凄み」と形容できるものである。

 あれこれ聴いてきてコルトーの面白さを、やっとこの歳になって楽しむことが出来たと思うことは、人間の経験というものは回り道をしながらも、それが効率的ではなくとも新鮮な出会いとして言祝がれるものであることに思い至る。

 ミクシイではグレン・グールドについて書き込まれた人に刺激されてグールドのコンサート嫌いとスタジオ録音への固執に関してナマ演奏にこだわったフルトヴェングラーの演奏観に思いを致しミケランジェリというピアニストがフルトヴェングラー派であることも確認した。

 コルトーのレコードで解説を書いている諸井 誠氏は「謝肉祭」のレコードを何十枚も「聴き比べたあげく、いつも帰りつくのがコルトーだとはどうしたことか」と自問している。それにアカショウビンは共感する。諸井氏のように何十枚でなくミケンランジェリと聴き比べただけであるが。

 生演奏ではない再生音楽を聴く楽しみとは、かくの如しである。それは或る意味で不幸な事だろうがコピー社会に生存する者の現状でもある。グールドの弾くバッハ録音を東洋の島国で聴ける幸は仮象に弄ばれている倒錯であるかもしれない。しかし、そういう日常を私たちは生きている。

 ところで、昨日観た映画は「呉 清源 極みの棋譜」。中国の田壮壮監督が2年間かけて完成させた佳作である。その静謐な映像は見事だった。先ずはキャメラの美しさを特筆すべきだろう。物語は1914年生まれで今年93歳になられ御壮健の呉氏の映像を交え稀代の天才勝負師の生涯を辿る。それは囲碁史に不明な観客からすれば不親切にも思われるだろうが監督の意図は優れた映像として定着されていると感嘆した。それは囲碁や将棋の勝負という人間の機微を良く捉えたと思うからだ。

 呉氏は日中戦争に翻弄された過酷で数奇な人生を経験された日中現代史の生き証人でもある。そのような氏の体験を象徴する域まで濾過し監督は見事に作品化された。万人向けではないが映画好きならその貴重な映像は受け入れられるだろう。同じ階の別な場所では「エディット・ピアフ」」も上演されている。先般はアカショウビンもそれを観たばかりである。こちらは万人向けの傑作であると思うが。

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2007年11月19日 (月)

やせ細る言葉

 辺見 庸氏の最新刊「たんば色の覚書 私たちの日常」を読んだ。闘病中の氏の渾身の著作である。その中で共感を持って読んだのは氏が京都の講演会で話した「雨を見たかい?」というCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル」のヒット曲を説明する箇所だ。

 タイトルの「Have you ever seen the rain」の「雨」がベトナム戦争で米軍が使用したナパーム弾の形容であるとは知らなかった。1971年の全米チャート8位。日本でもヒットしアカショウビンもよく聴いた。辺見氏はその事を共同通信社の記者として北京から米国に移った「研修留学」でカリフォルニアのバークレーのジュークボックスでアメリカ人の客から教えてもらったと書いている。「shinin'down like water」という歌詞の「キラキラ光りながら雨のように降り注ぐ」。それはベトナム戦争でベトナム人民を殺戮したナパーム弾であることを知り己の無知に呆れ佇む。当時その曲は放送禁止または放送自粛曲になり今でも南部の保守的な州ではこの曲の放送を自粛しているという。

 この著作は8章で構成され、京都講演の内容は「私たちの日常-<決して有用でないもの>への視線」という表題になっている。

 その前の章の「剥がれて」は殆ど詩である。氏の言葉への執念とでもいう内容だ。ハイデガーは先の大戦後に、言葉がやせ細ってきている、と警告を発している。辺見氏の著作は作家として、そういった警告にも応じている言説であることを読み逃してはいけない。

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2007年11月17日 (土)

ベートーヴェンとは何者か?(続き)

 ベートーヴェンとは何者か?と問いながら気の利いた回答が出ずに思い悩む。それは作品を聴く人達それぞれに回答があるだろうしアカショウビンにも幾つかの作品に共振し共感し感応するだけで迂闊には言えないからでもある。

 先ごろ観たブコウスキーという米国の詩人のドキュメンタリー・フィルム作品の最後のクレジットが流れる映像に「悲愴」ソナタの2楽章が使われていた。それは通常のテンポからすると異様に遅いテンポだった。しかし、そのテンポがベートーヴェンという音楽家というより男の諦観というか諦念をモーツァルトのある種の音楽に聴こえる同種の響きと共振しあるいは拮抗するように聴こえた。それは幻聴かもしれない。あるいは錯覚しているのかもしれない。しかしベートーヴェンにしろモーツァルト、ブルックナーにしろアンダンテとアダージョという楽章に込められる心境というか魂は、時に、こちらを共振させ感応が行き交う心持がする。それは錯覚でもいい。ヒトは或る意味で、そのような心的状態で現在を生きる生き物ではないかと思うからだ。

 「悲愴」ソナタを、あれこれ聴き、先ほどはエリー・ナイの1967年の録音を聴いて心安らぎ、ベートーヴェンの演奏の或る到達点を聴く思いがした。続く作品26の12番のソナタも素晴らしい。晩年のナイの音楽がすべて込められているように聴く。ベートーヴェンという波乱万丈とも思える一生を終えた男の音楽の魂は、この女流ピアニストにもっとも切実に継承されたのではないかとさえ思う。

 音楽や美術も、その名作と称される作品は聴く者、観る者に或る種の錯覚をもたらすものかもしれない。しかし、それを聴き、観る者は時間を越えて作者と共に作品に表現された時間を共有する。その錯覚を嘘だとか妄想だとか切り捨てることはできまい。経験とか体験とは、そのようなものではないかと思うからだ。この世に棲む日々は長いようで短い。逆もあるだろう。しかし時間に棲む生ある生き物は、そのような時間を経過し、いつか死に至る。

 ベートーヴェンの人生はどうだったのだろうか?先の映画作品を観る限り決して幸せなものではなかったように思える。家族も作らず、おそらく女性との愛も実らず、疾風怒濤とも思われる人生をモーツァルトとは異なる経験で駆け抜けた。

  ベートーヴェンとは何者か?それは、その作品を聴き触発される人々それぞれが経験し回答するものだろう。アカショウビンにとっては何か?それは次々に出てくるどの回答も不満で、これというものが決まらない。しかし、その作品は、この世で生きる日々のまどろみに覚醒を促すものであり挑発であり時に癒しとなる音楽である。

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2007年11月12日 (月)

ベートーヴェンとは何者か?

 DVDで「敬愛なる ベートーヴェン」(アニエスカ・ホランド監督 2006年)という映画作品を観た。口うるさいクラシックファンにも好評とのことで一見しようと借りてきた。当時のウィーンなど時代風俗や衣装などの恐らく忠実な模造はモーツァルトをテーマにした「アマデウス」(ミロス・フォアマン監督 1984年)を想い出させた。作品も、神格化されているモーツァルトとは異なる天才音楽家をよく描いた佳作ではないかと思う。そこで映像を通せば作品を耳で聴いて受ける印象と合わせてベートーヴェンとは何者か?という問いにも突き当たる。

 モーツァルトとは何者か?という問いと、それは少し異なるような気もするが。それはバッハとは何者か?ブルックナーとは何者か?、ワーグナーとは何者か?ブラームスとは何者か?でありアカショウビンにとっては井上陽水とは何者か?中島みゆきとは何者か?でもある。奇妙な人選で申し訳ない。たとえばブールデルの彫刻に表現されている一人で世界の悩みを背負ったような仏頂面のあの顔が嫌いだとか、いやあれがいいのだとか、作品のあの深刻ぶりが嫌だ、いやあれがたまらないのだ、とか巷であるいは歴史的にもベートーヴェンもモーツァルトに負けないくらい謎を投げかけてくる人であるのは間違いなかろう。アカショウビンは音楽が癒しや快楽だけでなく思索であり力であることをベートーヴェンから学んだ。

 映画はベートーヴェンの日常を探索しベートーヴェンの音楽を巧みに挿入し、ベートーヴェンとはどういう人物だったのか?を構成した。それはベートーヴェンに関心のある人なら見たくなる作品に仕上げられている。「アマデウス」の面白さを監督は継承して作品を仕立て上げた。それはベートーヴェンというモーツァルトとは異なる音楽家を造詣しようという気迫が漲り好感が持てる作品に仕上がっている。というより映像の裏で流れるベートーヴェンの音楽が何より雄弁だ。

 ベートーヴェンは西洋音楽の大家というだけで済ますことのできない音楽家である。洋の東西を問わず多くの人々がその音楽に触発され鼓舞され沈思し反発し癒され励まされたことだろう。アカショウビンも幾つかの作品を聴けばこの世に棲む日々の恵みを感じる。日常の憂さに対面できなくなった時にベートーヴェンの音楽は時に励ましとなり叱咤となる。呆けた日常にベートーヴェンは痛棒でもある。世に棲む日々は彼らの音楽を聴くことで刺激的なものに変貌する。

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2007年11月 7日 (水)

聞かせてよ愛の言葉を

 本日のNHK朝ドラ「ちりとてちん」の或る場面で流れていたのがタイトルのシャンソン。久しぶりに耳にした。フランスではリュシエンヌ・ボワイエが唄い日本でも和訳されヒットした(はず)。アカショウビンは学生の頃にフランス語習得に浅智慧でシャンソンを活用しようと画策した(笑)。ピアフやバルバラはじめ幾枚かのレコードを買い求め、あるいはレンタルでカセットテープに録音し聴いた。フランス語の上達に殆ど効果はなかった(笑)。しかし聴き込んだシャンソンは脳髄に沁み込み曲を聴けば心身が共鳴する。幾つかの曲はアカショウビンの生にエネルギーと安らぎ、それと人の声の力を教えてくれた。特にピアフが。リュシエンヌ・ボワイエのタイトル曲はメロディに惹かれた。ピアフの絶唱「愛の賛歌」は岩谷時子さんの訳で越路吹雪が歌い、それは心に響く歌い替えだった。今は殆どないがスナックのカラオケに凝っていた時は酔った勢いでよく唄い顰蹙ものだった(笑)。

 「ちりとてちん」で唄っていたのは歌詞はフランス語だったが多分、日本人だ。しかしフランスからすれば異国の人だろうが歌う人が心を込めれば曲は聴く者に響く。アカショウビンが触発され心に響いた曲は絞れば3曲。ピアフの「愛の賛歌」、ダミアの「かもめ」、リュシエンヌ・ボワイエの「聞かせてよ愛の言葉を」である。

 「ちりとてちん」の本日の話のなかでは、師匠から無体な仕打ちを受けた弟子が師匠の高座をヒロインが録音していたカセットテープで聴きながら口真似をする裏で「聞かせてよ愛の言葉を」が流れていた。落語家の卵の成長譚とシャンソンという取り合わせ(コラボレーション)の効果を制作者たちは狙ったのであろう。しかし悪くなかった。

 それだけ聴いてもたいした作品でない曲が映像と共に使用されて玄妙な効果をもたらすことがある。

 こんな事を書き散らすのもミクシイの映画好きサイト、特にスタンリー・キューブリックのファン達が立ち上げるトピックで傑作「2001年 宇宙の旅」(1968年)には139分版と149分版があるという指摘を読み149分版をDVDで購入し、この作品を観直し使用されている音楽の効果を改めて聴き入ったからだ。

 コラボレーションは誰でも出来る。しかし優劣がある。優れたコラボは見事で殆ど奇跡的な効果を発揮する。「2001年~」のその効果は見事というしかない。リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」とヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」が息をのむ効果をあげている。中学から高校くらいに観た同作品の印象と経験はアカショウビンのその後の生き方を方向付けたと言ってもよい。法螺を吹いているように聞こえるだろうが嘘ではない。アカショウビンの50余年の人生で、それは相応の重みを担って現在に至っている。その事に改めて映像と音楽を観聴きすると納得するのである。それはこの世で生きる「恵み」であり「さいわい」と言うことも出来る。

  ところで「ちりとてちん」。アカショウビンはヒロインが家族や落語家くずれの男たち、その周辺の市井の人々と共に生き変化し脱皮していく姿を幾らかの違和感も感じながら楽しませていただいている。師匠役の渡瀬恒彦はミスキャストだと思う。にもかかわらずヒロインが試行錯誤しながらも落語に惹かれていく姿が面白くも、いとおしいからだ。

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2007年11月 3日 (土)

よく生きていない日本人?とミシェル・フーコー

 先日、テレビで養老孟司氏が加藤登紀子さんとの対談で、ドイツ人と中国人だったかの二人の若者が東京から京都まで旅をして「日本人はよく生きていない」という感想で一致した、という話をされていた。その話を引いて養老氏は、そういう視点から見られる日本人という民族は先の大戦でも見られたように、集団的にひとつの方向へ走りがちな民族だ、というように論評していた。それは果たして何を言おうとし、何が説明されていたのか?外国の若者の日本人観が正しいというものか?それとも「よく生きていない」ことが先の大戦へ雪崩れのように雷同していった、と批判したかったのか?

 そのあとで「よく生きる」ということの説明として氏はインドや諸外国の貧しい人々は経済的に生活は貧しくても、ぎりぎりのところで「よく生きている」と話していた。氏は、その人々の生きている姿が「正しく」て日本人は、それと異なる生き方をしていて「おかしい」と言いたかったのか?それが何ともひっかかるお話だった。

 アカショウビンはメディアに頻繁に登場し何事かを論評する人々の一人として氏の言説には違和感を持つ者である。大学教授で解剖学者、それに昆虫好きという人物が専門分野外の事を論評することに「よく生きていない」日本人は東大名誉教授と解剖学者という肩書きを信用して違和を持たないのだろうか。著作はよく売れているようだが、それで読者が氏の言説に賛同している者ばかりでもないだろう。もっとも昆虫好きの氏の談話は実に興味深いのだが。氏もメディアにいいように利用されているのを承知の上でのパフォーマンスと理解するのが妥当なところかもしれない。しかし何やら違和の根拠は探っておいたほうがよいという衝動に駆られる。

 それはフランスの思想家ミシェル・フーコーについての次のような論説を読むと糸口が見えるように思う。失礼ながらあえて引用させていただく。

                       ※

 おそらくは、すべての合理と不合理の知を渉猟したかに見えるヨーロッパの歴史観を、新たな「方法」によって批判しなければならなかったフーコーに対して、知の構築をしそこねてきた日本を、あえて「方法」と捉えなおすことによって知を抽出する立場との違いなのである。
 つまり、日本は古代から近世にいたるまで、「知」を意識しないで(あるいは意識できないままに)、いわば結果としての知をあれこれ演じてきたのであって、それゆえそこに一挙に「日本という方法」を見出すことには全く新しい意義があるとおもわれるのだが、もともと知の構築をめざしてきたヨーロッパから、その過誤や乱脈を方法によってのみ覆すのは、あまりにもたいへんな仕事なのである。しかしフーコーはそれに挑戦した。
 それに対して、ぼくはそのヨーロッパ化された世界知を使いつつも、日本という共同知が方法によってこそつながってきたことに注目したわけなのである。その違いであった。
 いま、『知の考古学』を読んだころのことを思い出してみると、フーコーからヨーロッパを差っ引いて読もうとしていた自分が思い出される。

                      ※

 ここで指摘される合理と不合理という対立項の合理に解剖学者として(ということは合理的な思考をすると見なされる「科学者」として、ということにもなるだろう)養老氏は依拠して雷同しがちな日本人を批判しているのではないか?上記の論説氏の「古代から近世にいたるまで、『知』を意識しないで(あるいは意識できないままに)、いわば結果としての知をあれこれ演じてきた」日本人、という認識はさておき、鍵括弧で括る<知>はヨーロッパ的な<知>であることを前提に日本人としてフーコーが挑戦した「仕事」と異なる挑戦をしていると言う論説氏の論述は興味深く、養老氏の視角が狭く見えるのである。

 フーコーの思考の面白さは論説氏が指摘するように「もともと知の構築をめざしてきたヨーロッパから、その過誤や乱脈を方法によってのみ覆すのは、あまりにもたいへんな仕事なのである。しかしフーコーはそれに挑戦した」ところにある。それはおそらくハイデガーが生涯かけて継続した思索・思考と呼応していると思われる。

 養老氏の言説に対する違和を了解する糸口になるかもしれない上の論説を通しあらためて「よく生きていない日本人」の一人として「よく生きる」ように考えていきたいと思う。それは皮肉ではない。人は誰でも「よく」生きたいものだという一応の前提(あくまで一応の、である)の下に言うことである。それは、考える(あるいは思考する)という行為が、どういう視野と展望を開き「よく生きる」ことになるのかの実験でもある。

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2007年11月 1日 (木)

現実存在とは?

 

この世に棲む日々に納得しておきたい欲動に駆られるのがヒトが生きているということはどういうことか、という疑問である。まぁ、通常はそんなことは考えない。しかしネットの仮想空間で知る他者の思考には刺激・触発されることも多い。22歳の女子学生が読む哲学書を読み直し彼女がこれからどういう人生を歩むのか思い描くのは楽しみではある。彼女は恐らく次のような文章と格闘しているのである。

「事物世界の圏域においては、いかに完全な知覚といっても、絶対的な或るものを与えないということがぞくしている。このことと本質的に関連するが、たとえどれほど経験が遠くまでおよんだにせよ、どのような経験についても、その所与が、所与の生身のありありとした自己現在についての不断の意識にもかかわらず現実存在しないという可能性が残されている」。

これは20世紀に展開された現象学の急所といってもよい思考だろう。アカショウビンは西洋の哲学史は、ここに新たな展開を見せたと思う。それは仏教哲学で展開される「一切空」という断言と呼応する。

私たちが生きる世界での経験の「所与」が現実存在しない可能性とは何か?

この「現実」世界において「人間」は確かに生息し、経験は現実の「経過」なのではないか?それが「現実存在しないという可能性」とは何か?ある有識者は「本に書かれたものは死んだ」ものと述べる。しかし果たしてそうか?経済学がもっとも学ぶに値する学問で「哲学」は何と曖昧でいい加減な学問かと吐き棄てる若い経済学徒の本音と思しき感想に同意するわけにはいかない。それは若い女学生が上のような文章に立ち止まり思索を重ねることにアカショウビンも共振するからである。

同じ人間の日常生活に日本人はアフリカや南米や北半球の過酷な環境に生きる環境からすればユートピアのような環境に生息している。そこで生きる時間の違いをどのように自覚し生きるか、という問いは少なくともアカショウビンの個人的に切実な問いなのである。

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