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2007年10月22日 (月)

「歴史」と向き合う

 これまで見逃していたテオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」(1975年)を昨日、北千住の東京芸術センターという会場でやっと観られた。上映時間約4時間(232分)で全カットが80しかないという、いわゆる「長回し」のキャメラ・ワークは好き嫌いの分かれる映像作家であろう。しかし、「長回し」には恐らく理由がある。それは「歴史」を再現し自らの思想を注ぎ込むには、その手法が最良だという自覚ではないかと思う。

 最新作(その後、撮った作品を知らないが)は2年前に「エレニの旅」を観た。それはギリシアの現代史が以前の作品よりは、かなりわかりやすく描かれていた。それは逆に言えば欧米人や外国人が日本の近代史を良質な映像作家の作品で眼にするようなものであると思う。しかし、その、或る意味で苦痛な「長回し」に耐えることで観る者は監督が映像で表現しようとした「歴史」に向き合わされる。そこに商業映画にあるサービス精神や味つけはない。スクリーンを観るものは己の半睡の意識を叩き起こし無意識をまさぐりながら向き合うしかない作品ともいえる。それこそがアンゲロプロスの仕掛けであり手法なのだろう。

 歴史事実は後世に文書や映像あるいは語りで伝えられる。国家はそれを正当立て隠蔽し改竄し美化する。人々は経験と個人的な感想を表白する。それらを取り込み咀嚼し自らの血肉とするのは個人的な領域である。しかし、それに真摯に向き合う姿勢に精神は共振する。

 4時間の長尺にアカショウビンは二日酔いの朦朧とした状態で前半は居眠りもしながら付き合った。午後1時からの上映で午後3時に10分間の休憩。トイレに行きアルコールを排出し後半は気合を入れるぞと腰を据えた。したがって感想は後半2時間に関してであることをお断りする。しかし、このような歴史との向き合い方を我が邦では誰がしただろうか?この異質は酔眼の中にも刺激的で挑発的であった。

 追記 この映像はデジタル修正されていない。小津作品のように息を吹き返した映像で再見したいと切に思う。

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コメント

ニューヨークに居た時、2年間ほど間借りした大家さんが1931年生まれのグリーク・アメリカンで、その当時の悲惨さをよく話してくれました。極右のメタクサスから、ムッソリーニ侵攻、ドイツ占領、その後の市民戦争とご多分に漏れずギリシャも他のヨーロッパ諸国と同様、いやもっと過酷な歴史が吹き荒れました。彼は言っていましたが、「戦後の自国民同士の市民戦争の方が、もっともっと悲惨だった。」と
戦時中彼は子供ながらもレジスタンスの下部組織で、あるちょっとした運び屋の役目をしていましたが、その時運悪くドイツ軍に見つかり、一日中両手縛りの宙吊りの拷問を受け、両肩脱臼骨折をし命は助かりましたが、その後遺症で今も右肩が上に上がりません。また父親は、市民戦争の時、冤罪で1年半ほど監獄に入れられ、一家は極貧の苦境から、チリヂリバラバラになり辛酸の極みをなめたそうです。その後彼は徴兵を逃れるためにドイツに行き、6年間のホームレス状態を経て、大学に行きクリミナルロウのドクターを修得し、弁護士の資格を得ました。凄まじいサバイバルです。
ニューヨーク生活で、彼は右も左も分からなかったワコウを何かに付けて助けてくれた恩人です。今でも週一ぐらいに電話をし合っています。
アカショウビンさんはドイツ語はお解かりですよね、ハイデガーがご専門ですものね。
いずれ彼をご紹介したいと思います。彼は心臓が悪く、心配しているのですが、とても日本に来たがっています。
来春日本に来る予定です。
この映画から、彼を連想しました。

投稿: 若生のり子 | 2007年10月23日 (火) 午前 02時24分

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