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2007年9月17日 (月)

ドストエフスキーの小説

 聞けば「カラマーゾフの兄弟」の新訳の売れ行きが好調のようである。女性読者も多いと聞く。アカショウビンが今年の5月ころから参加しているミクシイでもドストエフスキートピックを立てた18歳の女子大生の意見に手厳しい批判が相次いで賑やかだ。この国でドストエフスキーは日露戦争の前後から作家や評論家、学生、小説好きの市民まで幅広く読み継がれきていた。その伝統は昨今の現状もそれを裏付けたものといえるかもしれない。

 この国でドストエフスキーを読み込み深い洞察にいたった小林秀雄のドストエフスキー論は戦前から戦中、戦後と読み継がれた読解のうちで成ったものである。戦後は「近代文学」同人の、左翼思想の洗礼を受けた埴谷雄高、武田泰淳、椎名麟三たちがドストエフスキー漬けのなかでキリスト教信仰も絡めて深く影響され更に読みこんでいった。そういった経過の中から昨今のブームと見なしてもよい現象を見聞すると若い人たちから新たな視角が切り開かれてくる期待も高まる。

 かくいうアカショウビンも学生のころから今に至るまでドストエフスキーは読み継いでいる。昨年は辺見 庸氏の新著に触発されて「カラマーゾフ~」を書棚の奥から引っ張り出して、このブログに感想を書いた。

 ドストエフスキー作品の面白さは日本的小説の典型である私小説のモノローグではなく、様々な登場人物たちが議論、おしゃべり、スピーチ、独白、告白を展開する、音楽でいうポリフォニー(多声音楽)的な展開をするところにあるだろう。聖書に深く影響された晩年の長篇には哲学的、宗教的な思索・思考も加味される。

 そのような作家の多面性が時に誤読されることもある。先の女子大生の読み方も、あまりにも一面的で、年上の若い読み巧者たちや彼女の親の年代のドストエフスキー中毒患者から手厳しく批判されているのである。

  それにしてもドストエフスキーは世界文学に屹立する巨峰である。欧米はじめその影響は世界各国に及んでいる。小林はじめ埴谷たちの批評家、小説家たちも生涯かけて格闘してきた。かつて小林秀雄は日本は世界で一番ドストエフスキーを読んでいる国ではないか、と述べ、その分、もっともドストエフスキーに化かされているのかもしれないと皮肉っていた。

 若い頃にドストエフスキーに化かされた方々も多いかもしれない。アカショウビンもそのクチかもしれない。しかし様々に読まれながら読み返せば新たな発見がある。傑作・名作となった古典とはそういうものである。。若い人たちにはドストエフスキーだけでなく「源氏物語」、「萬葉集」もお読みいただきたい。文学では日本という国は才媛たちが世界に先駆けて頂点近く登りつめた時代があったのだから。

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