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2007年9月21日 (金)

巷のドストエフスキー論争

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の新訳の好調な売れ行きやネットでのドストエフスキー論争を垣間見てアカショウビンも高校、大学、社会人になってからのドストエフスキー体験を遡行している。しかし記憶は朦朧としてい明確な像を結ばない(笑)。とりあえずまとめた感想は次の如くである。

ドストエフスキーという作家の面白さはシベリア流刑体験と銃殺を免れた数奇な体験を核として人間存在の不可思議を小説という手法で多様に追求したことにあると思う。後期の長篇は陪審員制度を導入したばかりの当時のロシアで殺人事件を題材にする。当時の読者の好奇心にも加味しながら作家は物語を紡いでいったと思われる。そこで曼荼羅のように編み上げられた人間存在への透徹した視線と重層的な作品構成が人間世界の卑小を描きながら崇高の高みをも照射する。それは作家が流刑期に耽読した福音書の読解から生じている。そこに明滅する観念と現実の相克。作家は小説という表現形式でそれを大胆に繊細に表現した。空前にして絶後ともいえる創作。それがドストエフスキーという作家の魅力だ。

 物心ついた頃からヒトは家族や学校の人間関係を通して「この世」で生きることの意味を探りながら世間を渡る知恵と知識を学ぶ。その量の多寡はともかく質に関して個人差はある。遺伝的要素と、この世に生を受けてからの育ち方、思春期のそれぞれの経験の差異が個性という多様性を生む。女子大生が熱に浮かされたようにドストエフスキーを弾劾する語調には観念が先走る稚拙さもあるが気概も感じさせる。それが彼女に対する他者たちのコメントの動機をなしていると思われる。もちろん下品な揶揄もある。それが現今の仮想空間「社会」独特のコミュニケーションなのだろう。

 高校から大学時代といえば14、15歳から二十歳を出た数年間である。いわば最も感受性の強い時期でもある。その頃に経験する体験と読書が将来の人生に抜き難い影響を与えるのは押して知るべしだ。アカショウビンがドストエフスキーの小説を読み出したのも、そういう時期だ。しかし、その頃は好奇心旺盛で小説だけ読んでいるわけでもなかった。名画座で映画もみまくった。レコードで音楽に埋没した。アルバイトにも精出した。そのような多様な経験は千差万別。読書の経験というのもそれらのうちのひとつに過ぎない。思春期の経験は可能性と希望に満ちている。絶望も含めて。そしてそれ以降の経験でヒトは訳知り顔の諦観と達観、絶望にも至る。

 話は飛ぶ。先日、長島夫人の死の報道をテレビで見ながらヒトの人生とはなんだろうかと殊勝にも思い巡らした。時のスーパースターの妻として母親として過ごした64年間の人生は短かったのか長かったのか?夫婦とは?親とは?その親からすれば子供とは孫とは?この世で生きる楽しみ・苦しみは死する時にどのように振り返られ断念され観念されるのか?

 それはともかくドストエフスキーのテーマを友人は「形而上学的な原理と絶対的なものに対する美的な憧憬」と集約した。かの女子大生は異なった集約をする。アカショウビンにとってはどうか?

 思春期・青春期の経験を数十年経て辿ることはどのような意味があるのか定かではない。しかし、それが単なるノスタルジーではなく現在を生きるうえでの葛藤でなければ相応の磁場を発することはないだろう。

 アカショウビンの考えるドストエフスキー作品のテーマとは?それは簡単ではない。とりあえず言えば「神とは何か、あるいは何者か?」ということになる。福音書を読み込むことで作家は独自の「世界」を造り上げた。それは百数十年を経た人々に同様な問いを突きつける。その回答は女子大生であろうが賢い若者達であろうがチンピラなガキであろうがオヤジであろうがオバハンであろうが老人であろうが少年であろうが、それぞれに切実で多様な陳述や断言、おしゃべりとなる。

 この世に棲む日々をアカショウビンはこのような空間も楽しみながら生きていることに感謝しよう。

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