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2007年7月26日 (木)

身過ぎ世過ぎ

 前の書き込みの河合隼雄さんの生活の糧は治療医だったのか、あるいは有名人としての講演料や雑誌などへの執筆活動だったのか?他人事ながら失業中のアカショウビンにとっては気になった事でもある。

 先ごろ知人が新会社を設立しベンチャー業をやるというので誘われた。あれよ、あれよと言う間に共同で事務所を借り準備に奔走している。知人の構想はともかくアカショウビンには乗りかかった舟というところで実に心もとない。展望があるわけでもない。あくまで身過ぎ世過ぎである。

  たとえば芭蕉のような俳人が地方の数奇者や礼賛者、弟子達を頼り、家族を持たず、定住する家を持たず、地方や今なら世界を放浪し、気が向くと金満家の家庭に寄寓して講釈や芸を披露し幾ばくかの謝礼で生活の糧とすれば年収はかぎりなくゼロに近いであろう。

 そのような人というのは庶民からすれば乞食のように見えたかもしれない。

 そこで、或る人は次のように述べる。「そのような人に生活できる程度の年金が支払われる社会を実現することよりも、そのような人物が十分な知的敬意を以て遇される社会を実現することの方が、ずっと大切ではないかと思う」(@内田 樹)。

 その言や良し。

 選挙も控え、またぞろ騒がしい世の中で、しかし霞を食って生きていけるわけもない。アカショウビンに芭蕉の風雅と芸への執念があるわけでもない。でも霞を食って生きていければイイナァー、という衝動は常に働く(笑)のである。

 

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