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2007年5月20日 (日)

私家版 世に棲む日日

  司馬遼太郎は松蔭寅次郎の生を「世に棲む日日」という小説に仕立てた。それは松蔭という人物の生を読者に司馬的松蔭を伝えた作品としてアカショウビンはかつて面白く読んだ。アカショウビンの松蔭寅次郎への関心はそこから始まったといってもよい。小林秀雄が先の大戦の時に戦場に赴く兵士達を相手に講演した時に最後に引用した松蔭の辞世の歌はアカショウビンの精神の奥で木霊する。「呼び出しの声待つほかに今の世に待つべきことのなかりけるかな」。後に「留魂録」を読み、伝馬町での最後の日々をアカショウビンなりに反芻した。先日は新聞紙上で松蔭の伝記のような記事も面白く読んだ。

 苛烈で過激な松蔭という人の人生と思想を今の世と己の生に照らし合わせることは、どのような意味が生じるのだろうか?新聞記事の狙いはともかく、アカショウビンは、むしろこの世に棲み、そこを去る覚悟の如きものに関心をもつのである。人は、この世に「投げ入れられている」といった考えともそれは呼応する。

 人が世に棲む日々というのは何か、と問うことは大それた問いだろうが人生の中で個々人が正面することがある問いでもあるだろう。松蔭は自らの思想を国家と命を賭けて相対した。その声と姿に触発された弟子や親族は松蔭の過激と苛烈を愛し慈しみ閉口しながら自分たちが至れなかった境地に畏敬も抱いた。そしてアカショウビンや後の世の人も。この国の歴史の中で、その生と死は小説家や思想家を、また国民の中の或る人々を時々に刺激、挑発する。新聞記事に連載されるのも今の時代に鬱屈する思いと関連するからであろう。

 現今の政治状況と松蔭の生と死は時代を超えて音叉のように共鳴している。しかし、その激烈な魂と國の行く末に明晰な視界を拡げた思想的幅を有する人はどれくらいいるのか?現今の時の宰相や権力者たちにそれは果たして存在するのか。

 朝のテレビでローマ史を書き続けた文筆家が自分の仕事を通して世界のリーダー達の顔からその力量を判ずるという趣向の番組を見た。まぁ、番組企画に引っ張り出されるのも気の毒と思うが、そこでコメントに言葉を選択しながら話す姿に苦笑も禁じえなかった。私的な場で話すように公的なメディアでは口に出来ないことを飲み込みながら発する言葉の裏を想像するとテレビというメディアで発言することのいかがわしさは明瞭だ。

 世に棲む日々とは、そういった政治状況とも関わらざるをえない。生活を持続させるためにする仕事、親族の介護、病、報道で伝えられる事件を日常で見聞きしながら人々は存在しているからだ。この國がどこへ行こうが、一人の個にとって知ったことではない、と突き放すことも何やら出来かねる。肉親や親族、友人と無縁であるわけにもいかない。そこで情愛、情動、確執が生じてくる。松蔭の辞世の歌と文章は、そういった切実な苦衷を簡潔に表明している。小林秀雄が、死にに行く兵士達たちへの餞として選んだ理由もそこにあったと思われる。それは小林という人の誠実と人間という生き物への考えと国民としての覚悟を端的に現している。

 戦後60年余、この國で戦争のために死んでいくことはなかった幸いを言祝ごう。日常の瑣末なことに見出す喜びが如何に大切で幸いなことか。権力闘争を面白おかしく論説しているマスコミの軽薄と酷薄を直感しながらアカショウビンは思うのである。

 サラリーマン生活を放棄して毎日が日曜日を満喫している有閑は貴重である。世の多くのオトウサンはそうはいかない。されどインドで言う人生半ばを過ぎたら森の中に住むという林住期という考えは日本国のオトウサンたちには再考に値すると思われる。少なくとも現在のアカショウビンはそうである。森の中にこそ住んでいないが、これからの人生を如何に心おきなく過ごすか。それは経済的にも決して易しいことではない。しかし金銭的に裁量しながら、その領域とは距離をとりながら好きな音楽や書物をゆっくりと味わい現存していくしかない。世に棲む、ということはそういうことだろうとアカショウビンは思うのである。

 現存からいつか虚存へ移る時が来る。それは幸いにも国家から命ぜられるのではなく、というのが現在を生きるアカショウビンの幸いである。その時間を有意義に、その時を寛容に慎ましく受け入れられるように準備していきたいと思うのである。

  名人戦は森内名人が勝ちスコアはタイになった。緒戦から2連勝した郷田挑戦者には苦しい展開になったが望みはある。新たな3番勝負の力戦を期待したい。

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