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2007年5月30日 (水)

休筆のお知らせ

 一昨年の5月29日から書き継いできたアカショウビンのブログもちょうど2年が過ぎた。その間、諸事有り、その都度あれこれと勝手な感想、駄弁を弄してきたが、ここらでいったん休筆にしたい。

 トラックバックやコメントを頂いた皆さんにはご返信させて頂いた方も失礼した方もいらっしゃる。短い間であったが、ご厚情とご批判に心からお礼申し上げる。

 新装再開することがあるかもしれない。その時は、また忌憚のないコメントをお願いしたい。それでは、ひとまずのお別れを。 

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2007年5月29日 (火)

この世に棲むということ

 この世に棲む日々とは、また社会的差別と、仏教で業と言い習わす、過酷な苦しみを背負い生きる、ということでもある。この世とは何か、ヒトの生とは何か?

 先日、夕張の市民病院の閉鎖と、そこを引き受けた若い医師のレポートを見た。番組では、見捨てられる患者や高齢者と、病院を診療所として縮小し医療に取り組む医師の存在と、夕張という地方都市の現実に光があてられた。昨夜から深夜のテレビでは、この国の高齢者医療政策が大きく転換する実態のレポートとハンセン病の患者と家族の姿を追った番組を見た。そこでアカショウビンは、そういう、恐らく答えは千差万別で、それぞれに答えがあるとしか言えない問いを発さざるをえないのだ。

 ハンセン病の番組は、国家の、過酷な病への残酷な仕打ちに翻弄され生と向き合い生き続けた人々の存在を伝える。そこには他人に経験されない、患者や家族の生への残酷と過酷に発する呻き声が聴こえる。生命の重さとは何か。

 アカショウビンが読み直し、読み続けている保田與重郎という文人は、人の生命が地球より重いというのは嘘だ、と言い放つ。それは一つの理念であるだろうからだ。先の番組で、国家から見捨てられ過酷な生を強いられた人々の姿を視ていると、ヒトの生とは、国家という機構に翻弄される耐えられない軽さと言うしかない。保田の言説には保田という文人の確然とした思想が存在している。それは国家という機構の中で生きる存在でもあるヒトという生き物への冷然とした文人、思想家の眼差しだ。

 しかし、国家意志で断種させられ堕胎させられた人々の過酷な人生を生き、生きる人々の姿を垣間見るとアカショウビンは暫し蹲るしかない。この世とは、「差別」という言葉だけでは言い表わすことができない過酷な生を生き、生き続ける人々が、棲み、棲み続ける世界でもある。それは、仏教が業という視角で見晴るかそうとする娑婆世界と存在である。

 怠惰なアカショウビンの生もいずれ絶える。それは前にも用いた、現存から虚存という位相に移るということでもある。急場になれば、これから何度も、世に棲んだ日々とは何か、と思い煩うことだろう。それにしても人という存在は、そのような問いと絶えず向き合いながら生きざるをえない、厄介な存在であるにちがいない。

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2007年5月24日 (木)

太古の記憶

 ソニー・ロリンズが1966年に録音した「イースト ブロードウェイ ラン ダウン」というアルバムを聴いていると、このピアノレスコルトレーン・バンドでロリンズがコルトレーンという稀有の個性と張り合うような気迫でプレイしているのが面白い。タイトル曲は20分23秒の演奏であるが途中で何やらアフリカのジャングルの森の声を彷彿させるようなフレーズがある。それは黒人たちの記憶の中に潜む太古の記憶といった響きとも聴ける。

 フロイトが発見したとされる無意識という、それは概念というのか精神現象というのかフロイトが確立し極めたと思える精神分析という学問にサルトルは反発し無意識なんてものは存在しない、と応酬したのではなかったか。ラカンらのフランス精神分析学派の隆盛は現在フランスでどのように継続しているのだろう。デリダやフーコーの仕事にそれは反映されているようだが、そこで提出される「起源」というキーワードは人の太古の記憶とも関連しているようにも思われる。

 音楽を聴いて、そんなつまらない連想をするのはお門違い、という声が聞こえるような気配もするがアカショウビンはそういう人間である。精神分析はフロイトを継いだユングが更に一歩を進め集合的無意識という概念を提出した。それは或る民族に共通する無意識とでもいうものだ。そのあたりの段階で師のフロイトはユングと袂を分かったのではなかったか。性欲から大方の精神病を解釈するフロイトは若い俊秀の突っ走りを許容することが出来なかった、というのが通俗的な解釈だろう。しかし、それを更に高次な視点から視界を広げることが出来るのか、というのが跡に続く人々に託された仕事だろう。

 こんな事をあれこれ考えるのも「フロイト=ユンク往復書簡」という書物が最近文庫で刊行され興味深く読んでいるせいである。この師弟の専門的な研究のやりとりの過程と、終には決裂に至る過程を手紙で読むのはスリリングだ。

 ところでソニー・ロリンズである。アカショウビンが挑発され聴き惚れたのはロリンズのコルトレーンに対抗する気迫はさりながらジミー・ギャリソンのベースとエルヴィン・ジョーンズのドラムスである。1966年といえばコルトレーンが亡くなる1年前。モダン・ジャズをさらに突き詰めて孤高の境地に突入していたフリー・ジャズの世界で伝統から脱却しようと苦吟するとも聴こえるロリンズとコルトレーンの仲間たちの演奏にアカショウビンは挑発されたのであった。

 昨日、映画監督の熊井 啓さんが亡くなられた。氏の作品は学生の頃に「サンダカン八番娼館・望郷」(1974)が話題になりアカショウビンも池袋の文芸座地下で観た。「天平の甍」(1980)は大味でがっかりしたが社会派として手堅く仕事を続けられた作品は間歇的に観ることもあった。黒澤 明の脚本を映画化した「海はみていた」は健在ぶりが知られて黒澤へのオマージュとして面白く観た。最近はDVDで新藤監督、成瀬巳喜男、溝口健二の未見の旧作を観るのがアカショウビンのささやかな楽しみである。父親の世代の監督が次々と逝かれるなかで熊井作品も観直しながら日本映画の最盛期の作品を、世に棲む日々にしかと魂魄に留めておきたい。

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2007年5月20日 (日)

私家版 世に棲む日日

  司馬遼太郎は松蔭寅次郎の生を「世に棲む日日」という小説に仕立てた。それは松蔭という人物の生を読者に司馬的松蔭を伝えた作品としてアカショウビンはかつて面白く読んだ。アカショウビンの松蔭寅次郎への関心はそこから始まったといってもよい。小林秀雄が先の大戦の時に戦場に赴く兵士達を相手に講演した時に最後に引用した松蔭の辞世の歌はアカショウビンの精神の奥で木霊する。「呼び出しの声待つほかに今の世に待つべきことのなかりけるかな」。後に「留魂録」を読み、伝馬町での最後の日々をアカショウビンなりに反芻した。先日は新聞紙上で松蔭の伝記のような記事も面白く読んだ。

 苛烈で過激な松蔭という人の人生と思想を今の世と己の生に照らし合わせることは、どのような意味が生じるのだろうか?新聞記事の狙いはともかく、アカショウビンは、むしろこの世に棲み、そこを去る覚悟の如きものに関心をもつのである。人は、この世に「投げ入れられている」といった考えともそれは呼応する。

 人が世に棲む日々というのは何か、と問うことは大それた問いだろうが人生の中で個々人が正面することがある問いでもあるだろう。松蔭は自らの思想を国家と命を賭けて相対した。その声と姿に触発された弟子や親族は松蔭の過激と苛烈を愛し慈しみ閉口しながら自分たちが至れなかった境地に畏敬も抱いた。そしてアカショウビンや後の世の人も。この国の歴史の中で、その生と死は小説家や思想家を、また国民の中の或る人々を時々に刺激、挑発する。新聞記事に連載されるのも今の時代に鬱屈する思いと関連するからであろう。

 現今の政治状況と松蔭の生と死は時代を超えて音叉のように共鳴している。しかし、その激烈な魂と國の行く末に明晰な視界を拡げた思想的幅を有する人はどれくらいいるのか?現今の時の宰相や権力者たちにそれは果たして存在するのか。

 朝のテレビでローマ史を書き続けた文筆家が自分の仕事を通して世界のリーダー達の顔からその力量を判ずるという趣向の番組を見た。まぁ、番組企画に引っ張り出されるのも気の毒と思うが、そこでコメントに言葉を選択しながら話す姿に苦笑も禁じえなかった。私的な場で話すように公的なメディアでは口に出来ないことを飲み込みながら発する言葉の裏を想像するとテレビというメディアで発言することのいかがわしさは明瞭だ。

 世に棲む日々とは、そういった政治状況とも関わらざるをえない。生活を持続させるためにする仕事、親族の介護、病、報道で伝えられる事件を日常で見聞きしながら人々は存在しているからだ。この國がどこへ行こうが、一人の個にとって知ったことではない、と突き放すことも何やら出来かねる。肉親や親族、友人と無縁であるわけにもいかない。そこで情愛、情動、確執が生じてくる。松蔭の辞世の歌と文章は、そういった切実な苦衷を簡潔に表明している。小林秀雄が、死にに行く兵士達たちへの餞として選んだ理由もそこにあったと思われる。それは小林という人の誠実と人間という生き物への考えと国民としての覚悟を端的に現している。

 戦後60年余、この國で戦争のために死んでいくことはなかった幸いを言祝ごう。日常の瑣末なことに見出す喜びが如何に大切で幸いなことか。権力闘争を面白おかしく論説しているマスコミの軽薄と酷薄を直感しながらアカショウビンは思うのである。

 サラリーマン生活を放棄して毎日が日曜日を満喫している有閑は貴重である。世の多くのオトウサンはそうはいかない。されどインドで言う人生半ばを過ぎたら森の中に住むという林住期という考えは日本国のオトウサンたちには再考に値すると思われる。少なくとも現在のアカショウビンはそうである。森の中にこそ住んでいないが、これからの人生を如何に心おきなく過ごすか。それは経済的にも決して易しいことではない。しかし金銭的に裁量しながら、その領域とは距離をとりながら好きな音楽や書物をゆっくりと味わい現存していくしかない。世に棲む、ということはそういうことだろうとアカショウビンは思うのである。

 現存からいつか虚存へ移る時が来る。それは幸いにも国家から命ぜられるのではなく、というのが現在を生きるアカショウビンの幸いである。その時間を有意義に、その時を寛容に慎ましく受け入れられるように準備していきたいと思うのである。

  名人戦は森内名人が勝ちスコアはタイになった。緒戦から2連勝した郷田挑戦者には苦しい展開になったが望みはある。新たな3番勝負の力戦を期待したい。

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2007年5月17日 (木)

名人戦第4局と映画三昧

 きょうから将棋名人戦の第4局である。森内名人は1勝2敗のあとを受けタイに持ち込みたい。負ければカド番である。3敗から3連勝するのは至難。挑戦者の郷田九段からすれば、ここで一気に名人を土俵際まで追い詰めたい。2連勝の勢いはタイに持ち込まれてはフイになる。

  ここのところはレンタルDVD三昧。先日は溝口健二監督の「夜の女」、小林正樹監督の「上意討ち 拝領妻始末」、新作の「ブロークバック・マウンテン」、ウッディ・アレン監督の「マッチ・ポイント」を観た。「上意討ち~」は何度か見ているがその前に撮った「切腹」のほうが完成度は高い傑作。代表作の「人間の条件」は6部構成で9時間を越える渾身の作品。学生時代に観て以来再見していないがDVDにはなっているのだろうか?最近の若い人たちには往年の日本映画のパワーを是非見てもらいたいとも思う。戦中派の小林監督は、晩年に「東京裁判」を撮って強烈なメッセージを発した。

 「ブロークバック・マウンテン」はカウボーイの同性愛を描いた異色の話題作。各映画賞を総なめにし高い評価を得ている。冒頭から米国のワイオミングの壮大で美しい景色をキャメラが見事に撮り切っている。音楽もギターのソロが物語の切なさを見事に描いた佳作だ。あちらの世界の愛憎はよくわからないが愛は異性だけでなく同性間でも可能というメッセージは良く伝えていると思った。ジョン・ウェインはじめ男臭さが売り物の米国西部劇もここまで来たのかの感慨あり。

 「マッチ・ポイント」は評判に違わぬ傑作。完全犯罪に至るプロセスをアレン監督が見事に撮り切った。キャスティングも絶妙。英国の富裕層の家族関係を巧みに描いて秀逸だ。主演の女優は今が旬。先日は画家のフェルメールを題材にした作品も見たが男心をそそる魅力的な女優だ。出演依頼も世界中から殺到しているはず。アレン作品に出て箔もついたのは間違いない。セックスアピールはオヤジ層にはたまらない、と思う。それにしてもウッディ・アレン健在を確認できたのは幸い。

  明日は辞めた会社の残り仕事と応援のお仕事。時給千円で受けるアカショウビンもアホだが50過ぎたオヤジをそんな給料で雇う会社も会社だ。あーもっと早く辞めたかったのだが早々に縁切りにしたい。井原西鶴は商売の要諦は算用・才覚・始末だと言っていたはずだ。これは現在の商売でも同じだろう。名人戦の解説会には行けそうもないが仕方ない。

  アカショウビンも失業中でウカウカしておられない。きょうは友人のM尾君と新事業の事務所探しもした。とにかく次の仕事を見つけて動かなければならない。

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2007年5月14日 (月)

ロストロポーヴィチ追悼

 昨夜のNHKテレビは「灰谷健次郎×柳 美里」という番組のあとに先日亡くなったロシアのチェリスト、ロストロポーヴィチを追った、確か外国人スタッフによる構成のドキュメンタリーを放送した。スタッフはR・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」というチェロ協奏曲といってもよい作品を小澤征爾とサイトウ・キネンオーケストラで作り上げて行く過程を取材する。製作スタッフのためか小澤氏は日本語より英語で多く語りかけながら独奏者と音楽を作りあげていく。その過程がとても面白かった。

 何年か前に、やはりNHKで小澤氏と東北のお寺で地元の人たちために中学生か高校生のオーケストラと共に演奏する番組を面白く見たことを想い起こした。その時の片言の日本語で子供達に語りかけるロストロポーヴィチのお道化けたコメントが面白かった。小澤氏との友情が伝わる良く構成された番組だった。

 音楽を作りあげていく過程と作品へのヨミの深さは音楽家によって異なる。アカショウビンは氏の演奏に痛棒を食らった経験は正直言ってない。しかし世評は赫々たるものである。かつてベートーヴェンの三重協奏曲をリヒテル、オイストラフをソリストにカラヤンがベルリン・フィルで拵えたレコードがあった。あの音楽作りの際にロストロポーヴィチはカラヤンと同調した、と先日見たドキュメンタリー・フィルムでリヒテルが皮肉っぽく語っていた。そのあたりから「商売上手」という悪評も立ってきたのではないか?生涯にはスキャンダルもあったようだが歳を経るにつれて音楽家として成熟していったのだろう。最新の映像からは誠実に音楽と向き合った人であることが伝わってくる。「ドン・キホーテ」という作品は自らの人生と重ねて理解しているとして「ドン・キホーテは私だ」と言うほどの入れ込みかたと情熱的な語りが氏らしかった。80歳を越えていたから大往生だろう。今宵はリヒテルと組んだベートーヴェンのチェロ・ソナタでも聴いて追悼しよう。

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2007年5月13日 (日)

家族

 テレビで灰谷健次郎のことを柳 美里さんが話している。アカショウビンは灰谷氏と柳さんの読者ではないが実に興味深く番組に惹き込まれた。柳さんが12歳の時に「太陽の子」を読んで号泣と言っていいくらい泣いた、という話は、一つの作品が12歳の子供の読者の心を、そこまで震撼させるということに驚かされる。さりながら一冊の書物との出会いというのはそういうものであるのだろう。「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったのは当の作者だった筈だが読者がそう思う作品がある。登場人物が自分のように思える切迫感。名作、傑作のお墨付きはなくとも、そういう作品がある。

 番組では、少女時代に在日韓国人として過酷な「いじめ」にあった柳さんが、自分の子供時代を思い起こす。良い思い出ばかりでもない自らの両親や灰谷氏の親友、妹さんたちにも取材する。また自分の息子に語りかけながら子供時代から私生児を生み恋人と死別した現在までの生を語る映像は胸を撃つ。

 「太陽の子」という映画を観たのはいつだろうか?内容は殆ど覚えていない。池袋のかつての文芸座地下だったことは間違いないから、かなり前のことだ。それで原作を読むことはなかったが柳 美里という小説家が生まれるきっかけになった経緯は興味深く知ることができた。

 教育の現場をアカショウビンは知らないが、灰谷氏という教育者の人生を通してその現場が、どれほど厳しく、かつ実り多い現実を有していることかを番組は良く構成していた。

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M永君の当選祝い

 M永君の第2回の当選祝いを都内某所で行った。前回とは異なる新しい面子も参加した。自転車で会場に駆けつけたM永君は支持者への挨拶回りのあと。議員は大変である。

 久しぶりに会えた面子も交えて高校時代の思い出話に花が咲いた。高校時代は論客で鳴らしたH田君は大学を卒業後、家業を継ぎ未だ(結婚したことがあるのか不明)独身だが元気。S井君は大手企業の法人事業部マネージャーだ。K須田君は昨夏、沖縄から東京に転勤。昨年暮れにS木君と歓迎会をやって以来の再会。二人で新宿のゴールデン街まで繰り出した。新宿で別れたあとアカショウビンは何とか上野まで辿り着き沈没。カプセルホテル泊とあいなった。

 それにしても高校時代の面子と、こうして飲み昔話ができる幸いに感謝しよう。時はときにワープする。今生の思い出は次の世に引き継がれるのか定かでないが、その可能性の可否はともかく、生をまっとうする意志は失わないでいよう。

 先のブログで引用した吉本隆明さんが「ひきこもれ」(2006年12月15日 大和書房)という本で言及している、死に対するフーコーとサルトルの考えは次の通りである。

 死というのは、生まれて、成長して、老いて・・・というプロセスの最後の段階にあるものではないということです。生まれた時から死ぬ直前までを見渡せる、そういう場所にいるのが死であって、老いの次に死が来るなどということはないのだということを、ぼくが好きだったフーコーという哲学者などは言っています。

 サルトルも、違う言い方ですけれども、同じようなことを言っています。たとえばパリからリヨン行きの列車に乗ったとする。その列車に乗ればかならずリヨンに着くと考えるのは間違いで、途中で脱線することもあるかもしれない、と。その通りだとぼくも思います。死というのは、はかりがたいものです。(p119~p120)

 

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2007年5月11日 (金)

歌いまくり・絶叫の夜

 先日、高校の同窓のM永君の区議当選祝いを都下某所で開いた。他の用事で上京していた大阪や沖縄からのも面子も参加.。恩師も駆けつけ、楽しく昔話に興じた。アルコールが身体の隅々まで満ちてくると誰彼ともなくカラオケでノリノリ。次の日が仕事でお忙しい面子は一次会でお帰り。しかし、唄いたらない面子は二次会へと雪崩れこみ更にヒートアップ。懐かしの日米フォークソングからメリケンポップス、シャソン、演歌、歌謡曲、えーい、こうなりゃハードロックだい、とほとんど絶叫大会に。

 オヤジ達の狂演を横目でみて若いアンちゃんやネェちゃんたちは呆れ顔。それをものともせずオヤジ達は高校時代にワープし歌い騒いだのだった。 

 土曜日は2回目の当選祝いだ。新しい面子も来る予定で楽しみ。M永君が将来、暴漢かテロリストに襲われて区民のために絶命したときに心残りのないようエールを送っておきたい。

 

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2007年5月 9日 (水)

映画と読書三昧の日々

 失業中のアカショウビンは求職活動もせねばならないが見つかるまでは好きなことをすると決めてかかっている。先の書き込みへのスタボロさんのコメントに感謝。お言葉に従い一昨日は読書、昨日はテレビとレンタルDVD三昧だ。

 本は読み止しの数冊をとっかえひっかえ。辞めた会社の吉本ばななファンの後輩(女性だが)が読んで下さい、と貸してくれた「吉本隆明の食を語る」を返却するため一気読み。あの頑健そうな吉本さんも今や車椅子生活と聞く。それにしても、氏がそれほど食い意地張った人とは初めて知った(笑)。しかし、そこは吉本隆明。フランス料理のインタビュアーにフランス料理など旨いと思ったことは一度もないと盾突き、ご自身の食の履歴を語る。そこで母親の手料理を第一とするのに同感。その頑固ぶりは往年の迫力を失っていない。歩けず、書けぬなら、現在を喋り尽くし晩年を生きる、というのが氏の覚悟だろう。アカショウビンは高校時代から今に至るまで間歇的に著作とは長い付き合いだ。先に読んだ「引きこもれ」も面白かったがそれと重複しているのが死についてのフーコー、サルトルの考えへの共感。これは先のブログでアカショウビンも引用した。氏が生涯を振り返り一目置いたフーコーの思想は近く再考しよう。

 DVDで映画は吉村公三郎監督の「大阪物語」とニキータ・ミハルコフ監督の「機械仕掛けのピアノのための未完成の戯曲」を観た。ミハルコフの1977年のこの作品は評判通り。チェーホフ好きの監督がロシア貴族の生活を面白く描いている。作品で用いられているドニゼッティの「愛の妙薬」の Una furtiva lagrima (人知れぬ涙) の効果が素晴らしい。同監督の作品は「黒い瞳」(1987)や「太陽に灼かれて」(1994)を当時の新作として観て力量は実感している。「機械仕掛け~」はなかなか映画館で観る機会がなくDVDでやっと観ることが出来た次第。 

 「大阪物語」は吉村公三郎監督の1957年作。原作は溝口健二が西鶴の「日本永代蔵」「世間胸算用」「萬の文反古」を基に書いたものらしい。溝口が急逝したため吉村監督が依田義賢の脚本で撮ったということのようだ。食い詰めた百姓から両替商として成り上がる男を中村鴈治郎が好演。その妻に浪花千栄子、娘を香川京子が演じている。香川と好きあう手代に市川雷蔵、別の大店の女主人に三益愛子、その放蕩息子に勝 新太郎。他に遊女役で中村玉緒も出演している。吉村演出には賛否各論あるようだが、ここのところ新藤兼人や成瀬巳喜男など古い邦画をレンタルDVDで見ているアカショウビンには、なかなか面白かった。

 

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2007年5月 6日 (日)

連休も終わり

 あぁ、きょうで連休も終わり。失業中のアカショウビンは毎日が日曜日だからどうということもないが明日から皆さんが仕事をしているのにノンベンダラリとしているわけにもいかない。真面目に求職活動をしたいと思う。 昨日は区議に当選したM永君の第1回の当選祝いもした。

 連休中は上野に出かけダ・ヴィンチの「受胎告知」も拝観。かつてのモナリザ並みの展示で閉口したが原画の見事さは感得した。しかし、その後、隣の会場で展示していた8世紀から10世紀の仏像を観ると、どちらが美を表現しているのかと思案するとアカショウビンは仏像のほうに共振したことは正直なところである。同様に、先日、日本橋の百貨店で観た玉堂のほうが面白かったと思う。上野は、この数年、この時期に足を運び美術展を楽しんでいるが、美術展はさりながら、むしろ新緑の樹木を眺める愉悦に浸れるのが楽しみなのである。

 またレンタルビデオとDVD、映画館へも出かけ映画も楽しんだ。評判の「バベル」は、なかなか面白かった。日本人女優の演技もそれなりだったが、モロッコ、米国、メキシコ、日本をつなぐ物語の語り口には無理も感じたが力業は今後の作品に期待も抱かされた。銀座の劇場で観た「サンジャックへの道」は数カ国の共同制作だが如何にもフランス映画といった面白さが楽しめた。

 敢えて評判に逆らい書いておかねばならないのは遅まきながらDVDで観た「ホテル・ルワンダ」である。100万人が虐殺されたという内戦を描いた作品だ。その渦中で1268人を救ったというホテル支配人が主人公である。我が邦の井筒和幸が激賞したという宣伝句も読み期待したが井筒監督はどこを褒めているのか?事実はこんなヌルさではないのは言うまでもないだろう。そういった歴史事実を何と美談で描く厚顔さには呆れるしかない。

「シンドラーのリスト」という作品があった。アカショウビンは、あの歴史事実をヒューマニスティックに描く鈍感さとヌルさがたまらなくいやだった。それは感動するような歴史事実ではない。唖然とし絶望し憤怒するしかない歴史ではないか、それは?その事実を美談として伝えるヒューマニストぶりの能天気さに呆れ憤るしかなかった。あの事実を、そのように表現する鈍感さに製作者たちは恥じないのか?それは厚顔と鈍感を通り越してイラク戦争で見せたブッシュ政権の「正義」という偽善に通じる愚鈍、愚劣ではないか?酷薄な歴史事実を映画作品で映像化するときに例を挙げれば「夜と霧」そして「ショアー」の表現手法が最低限の礼儀と微かな可能性を保ちえている作品とアカショウビンは了解している。

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