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2007年3月 3日 (土)

追悼 池田晶子

 池田晶子さんの訃報を今朝の朝刊で知った。アカショウビンは池田さんの熱心な読者ではないけれども埴谷雄高が晩年に対談した女性として関心を持ってきた。連載を書かれていた「サンデー毎日」はたまに買うので飛ばし読みくらいはしてきた。いい加減な読者から追悼されるのは、あの世で苦笑されているだろうが埴谷雄高と思索の続きを楽しく語られているだろう。この世紀は存在論から認識論の世紀、というご主張にはハイデガー読者としては異論もあるけれども。

 それにしても46歳とは早すぎる。カント以来の認識論哲学の再考に新たな光を当てていかれる仕事の渦中であったろうに。ご冥福を祈る。

 人の死とは、病や寿命で自然に、あるいは事故で突然に、あるいは自死で覚悟のうえ、と様々だ。現代は病を相当に科学的に予測も出来る。腎臓ガンを告知されたのだろうか。今は告知するのが一般的だろうから恐らく告知されていたと思われる。しかし学者として仕事が円熟に入る、これから、というときに斃れられたのが傷ましく思うのである。その衣鉢を継ぐお弟子さんがおられることを重ねて祈ろう。

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