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2007年2月28日 (水)

花粉症

 来るものは、来るのである。街にマスクをする人が増え、新聞に警告の欄が出ると、こちらも警戒態勢に入る。この数日くしゃみが増えた。今朝起きると鼻がつまっている。花粉症の発症である。

 もう20年以上ではないだろうか。いつ頃とは定かに覚えてもいない。毎年、この季節は「くしゃみ、鼻水、鼻詰まり、涙目、頭重」という定番症状で夜は熟睡できない。

 通常は寝酒のウィスキーなのだが、夜中に目が覚める。それに眠りがどうも浅い。仕事もたまり昨夜は深夜帰宅。今朝も早いので睡眠薬の助けを借りた。

 おかげで6時間ぐっすり眠れた。少し頭はフラフラしているが。サービス残業とアルコールと睡眠薬。文明国日本の都市労働者のあはれをアカショウビンも生きているわけである。

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2007年2月23日 (金)

精神とは?

 朝にフルトヴェングラーが演奏したベートーヴェンの「田園」を聴いて心安らいでいる。心安らいでいる、というより、アカショウビンの「精神」が演奏に共振しているのである。フルトヴェングラーなど聴いたことないという人も多いだろうが、そのテンポでベートーヴェンを演奏する人は少なくともアカショウビンが聴いている最近のいくつかの演奏には皆無。 皆さん快活で爽やかに演奏されておられる。しかしベートーヴェンという悩み多く、モーツァルトの天才とは一線を画される努力家の音楽とは、このように演奏されて初めて納得される。ということもある、ということに若いクラシックファンは気付くことがあるのだろうか?

 ベートーヴェンの音楽とはこういうものです、といった信念というのか、試行錯誤の末に到達した境地というのか。うーん、何と言えばよいのか。まぁ、ベートーヴェンとは、こんな事も考えながら作品を作り上げたのですよ、とでも演奏者が説明しているような。そう言えばいえるような、そういう演奏と聴くのはアカショウビンだけではないと思いたい。その演奏を「精神的」と表するのはやさしい。しかし「精神」とは?

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2007年2月19日 (月)

などて痴漢たかが痴漢

 周防監督の新作を観てきた。「それでもボクはやってない」。土曜日の雨模様のなか銀座の劇場は満員の盛況だった。しかし、とアカショウビンは見終わって思ったのである。テーマは、たかが痴漢、されど痴漢であろう。しかし何ゆえ痴漢なのだろうか、という疑問に答えは万別であることは直感で予測される。そこは、かなりの想像力を必要とするであろう。所詮、馬鹿男にはわからないのよ、という女性側の声。たかが痴漢を何で主題にするのか、といった声もあろう。

 アカショウビンは男であるから痴漢の心理を想像できなくはない。それは極限まで辿れば「暴力」という概念と現象に到達する筈だ。被害者の女性からすれば、それは異性の暴力以外の何物でもないと推測される。欧米の観客にも通じる「暴力」を映像に定着した作品は我が邦では北野 武氏の作品がある。しかし、この痴漢映画は、どのように欧米の観客に理解されるだろうか?それはこれからの見物である。

 アカショウビンは周防監督の才覚には一目も二目も置く者である。しかし、と思うのである。敢えて言わねばならぬ。裁判劇で日本映画は未だ幼児の段階からいくばくも出ないレベルである、と。

 アカショウビンは思い出す。「死刑台のメロディ」(1970年 ジュリアーノ・モンタルド監督) という作品を。そこには「ミシシッピー・バーニング」(1988年 アラン・パーカー監督)と並ぶ米国という国の実情を異国の民にも激しく迫る凄みと挑発があった。残念ながら周防監督に、その切迫感はない。それは確かに無い物ねだりではあろう。しかし作品の細部からそれは感得できなくはない。それは国家権力の恐ろしさと威力の凄まじさは、こんなものなんだよ、とでも伝えようとしているのかと思わされる、作品の中では前半の描写で表現されるメッセージとでも言えばよいだろうか。役所氏演ずる弁護士が声を荒げるワンカットは抑制されている全体のトーンのなかで破調になる。それが成功しているとアカショウビンには思えなかったが。しかし、そこは小津安二郎の衣鉢を継ごうかという周防監督である。少しチャメしてしまいました、と苦笑いしているかもしれない。

 この作品は意表をついている。しかし、とアカショウビンが思うのも、やっぱり古ーい!オヤジ感覚よねぇ!といった女性の蔑みのほうが当っているやもしれない。何が観客の共感を得ているのか?名作の価値は時の経過によっても試される。

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2007年2月18日 (日)

歌姫と歌壷

 フィオレンツァ・コッソットというイタリアのメゾ・ソプラノは歌のジャンルを問わずアカショウビンの好きな歌手の5本の指に入る歌い手だ。さきほどNHKに番組に出演してインタビューを受けているのを見た。聞けば2001年以来、毎年来日しているそうだ。アカショウビンは昨年の秋に来日の知らせを新聞で読んだ。何とかリサイタルを聴きに行きたかったが叶わなかった。ところが大晦日のテレビで来日公演のもようとニューイヤーコンサートで日本のオペラ人たちと共に歌う姿を拝見したのはさいわいだった。暮れから年明けも日本に滞在していたようだ。70歳を過ぎた小柄な御婦人の姿には洋の東西を問わぬ年輪を刻んだ人が醸しだす気品があった。

 テレビで聴いた声は往年の張りと潤いを失っている。それは仕方なかろう。しかしヴェルディ中期の傑作オペラ「トロヴァトーレ」のアズチェーナ役を歌う姿には凄みがあった。アカショウビンも、若いころ、レコードでこの声に挑発され感銘したのである。彼女のレパートリーは狭い。イタリアオペラのいくつかの作品に限定されている。それは彼女がインタビューの中で語っていたように自分に合った役柄を大事にしてきたからだ。何でも歌えばいいというものではないのである。もちろん、それが出来る歌手はいる。しかしイタリア・オペラのようにハイトーンの音程を声張り上げて歌うジャンルでは節制が人一倍重要であると語っているのには頷かされる。70歳のアズチェーナの役柄は台本の年齢に近いともいえる。若い頃とはまた異なるアプローチもあるだろう。歌い終わって響いたブラボーの声。日本にはこんなに彼女のファンがいると知ったのは嬉しいかぎりだった。

 歌姫たちには「歌壷」のある歌手とそうでない歌手に分けられる。「歌壷」とはアカショウビンの造語である。昨年のブログに書いた奄美のウタシャ(歌者)、朝崎郁恵さんの「うたばうたゆん」(2003)というアルバムにそれを感得した。そしてアカショウビンと同世代の中島みゆきにも。そういった歌姫たちとこの世に棲む日々を過ごせる幸いに感謝しよう。先般聴いたドイツの老テノール、エルンスト・ヘフリガーの日本歌曲を聴いたときにもそれを感得した。若さだけでは表現出来ない境地というものが確かに存在するのである。

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2007年2月14日 (水)

帰国報告

 ヴェトナムから昨日の朝に帰国した。現地時間で夜中の0時過ぎホーチミン空港を発ち7時25分に成田着。さすがに昨日は仕事を休んだ。旅慣れない者に飛行機で熟睡などできるものではない。

 3泊したホーチミン市はバイク、バイク、バイク。たまに車、市内バス、観光バス。ホンダ、スズキ、カワサキ、トヨタ、ニッサン、イスズが溢れている。バイクの多くは男女や、女・男同士の相乗り。熱帯の街中を駆け抜ける爽快感がたまらないのだろう。それに何とも、けたたましいクラクションの音、音、音。それに埃。女たちの多くは手拭いや専用の市販品と思われる「マスク」で顔半分を覆っている。その光景はどこにでもある都市風景というより、やはり、何やら「アジア」としか言えない光景だ。中国とは違う「アジア」の喧騒と猥雑がそこにはある。しかし都市から田舎へ出ると、それは中国の田舎と共通する風景も見える。軒先のテラスで談笑する姿や道路脇で物売りする女や男たちののんびりとした姿は如何にも「アジア」だと思える。2毛作とも3毛作ともいう水田の姿は北東アジアから東南アジアに共通する風景だ。

 クチのトンネルを再訪した。同じコースの筈だが風景は異なって見えた。以前は展示されていた米軍の分捕り品のヘリコプターの姿はなかった。驚嘆するしかない、米国の侵略戦争を駆逐したヴェトナム生活民(@渡辺京二氏)の誇り高いゲリラ戦の跡は今や観光コースとしてかろうじて残されているだけだ。1975年のサイゴン陥落以後の30年余は本当に平和な時を過ごしていると40歳前後のガイド氏は日本人たちに率直に話してくれたように聞いた。アカショウビンは開高 健の作品やレポート、またS・キューブリックの傑作「フルメタル・ジャケット」の映像も想い起こしながらホーチミン市の喧騒や田舎の風景を眺め感慨に耽った。いずれ開高作品や関連の映画を、読み直し、観直して感想を書くこともあるだろう。

 

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2007年2月 8日 (木)

ヴェトナム出張

 明日からヴェトナム出張である。飛行機は嫌いだから他の者に回してくれと社に要請はした。ところが皆さんお忙しい。已む無く引き受けた。アカショウビンは空を飛ぶ生き物だが、小川にかかる樹木の枝で川面から餌の魚を凝視しているほうが好きなのである。空は須らく天上の中空の無私と対話したくて飛び上がるだけである。

 ヴェトナムは約10年ぶりの二度目。もちろん仕事で。最初は決死の覚悟だった(笑)。アカショウビンは開高 健の愛読者だったから彼の国への興味は人一倍あった。だから役得を逃す手もないか、とイヤイヤ飛行機に乗ったのである。旧サイゴンのホーチミン市も訪れた。市内を闊歩する若い女性のアオザイ姿が眩しかった。子供達の笑顔は異国でも心を和ます。僧侶への尊敬も如何にも仏教国である。観光バスから眺める旧サイゴンに戦火の傷跡は殆ど見えなかった。しかし、せっかく訪れたのだからベトコン(正確には南ヴェトナム解放民族戦線)のクチ・トンネルの観光を希望した。凄いものだった。今回もそこを訪れるという。感想は帰国後に書こうと思う。

 前回はドイモイ(刷新と訳していたか?)で日本を含め外資の投資ターゲットだった。その後、我が業界の関心は薄れていったようだが最近また訪れる企業が増えてきた。國の盛衰と経済の栄枯は糾える縄の如し。日出る国の繁栄も病的な兆候を見せている。異国をしばらくぶりで訪れるのも、ちょうど良い機会とも思える。現在の東南アジアの民草はどのように生活しているのか?持ち前の好奇心も頭を擡げる。五感を全開にして異国の空気と人々に接して来ようと思う。

 13日の朝に無事帰国できたら土産話を書き込むつもりだ。それでは再見。ヴェトナム語では何というのだろう。飛行機の中で勉強しよーっと。

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2007年2月 2日 (金)

新鮮な挑戦者

 何と名人戦挑戦者は最終局を待たず郷田九段に決定してしまった。ここは2番手にピタリ着いていた谷川九段が羽生王将を撃破し最終局に楽しみをつないで欲しかった。残念。それにしても羽生は強い。

 とはいえ、森内VS郷田という組み合わせは新鮮だ。この30年の将棋界の変遷を見ているといつの間に、といった感慨に浸り驚く。主役はいつの間にか代わっている。大山、加藤、中原、米長らの大看板は大舞台を去り、かつてはチャイルド・ブランドとからかわれた若者達がタイトル戦を独占し新時代の将棋を楽しませてくれる。

 昨年の将棋界は随分ゴタゴタしたが何とか収まり展望も開けてきた。将棋は日本で高度に発展した世界に冠たるゲームである。野球やサッカーと異なり室内でサシで勝負を決する。タイトル戦は二日がかり。精も魂も使い果たす厳しさであろう。しかし、そこでファンはプロの芸に驚愕し敬意を表し楽しむのである。プロの将棋は野球やサッカーとは一線を画す伝統に根ざした礼を重んずる頭脳ゲームである。新鮮な挑戦者を迎え今年の名人戦が手に汗握る好勝負を繰り広げてほしいと心から願う者である。

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