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2007年1月24日 (水)

伝統に帰属する?

 ハイデガーが「存在と時間」の初版を刊行する1927 年の2年前の4月16日~21日まで10回に亘ってカッセルで行った講演会をまとめた「ハイデガー カッセル講演」という文庫(2006年12月11日 平凡社ライブラリー)を読んだ。面白い。あの難解で尻切れに終わった「存在と時間」を理解するうえで実に貴重、と木田 元氏も解説を書いておられる。この講演はハイデガーの語りが、あの「不恰好な文体」と「特殊な用語」を多少なりとも理解するのに参考になるのは間違いない。

 これは当時ハイデガーが強く影響されたディルタイの影響が通説より大きいことを明かす貴重な資料と研究者の間では話題になっているという。また沈黙期を脱したハイデガーが各論文の出版で編集者と遣り取りした書簡も収めて親切だ。「存在と時間」の出版までの経過の一端が垣間見えて面白い。戦後ハイデガーの消息を伝える「ツォリコーン・ゼミナール」(1959~1969)とも異なる、講演でのハイデガーの語りが速記で良く記録されていると思う。次の文章は序文を書いたF・ローディの中に記載されている。これも興味深い。

  「理解する者は伝統に帰属せざるをえない」。 「自分自身の内的経験の事実と、私たちがほかの人間の肉体のうちに置き入れざるをえない事実との同質性」がこの精神的事実の重要な特徴だ。

 この最初の文のキーワードは「帰属」、次の文は「同質性」である。最初のものはハイデガーが「存在と時間」の中でも注釈しているヨルク伯爵のもの。伯爵はこの帰属という概念をディルタイの「同質性」という概念に対置していた、という(ローディ)。後の文はハイデガーの弟子のガーダマーの言。「ハイデッガーが初めて徹底的に展開した問題はヨルク伯爵が『同質性』に『帰属』を対置していることによって明瞭になる」と著作(「真理と方法」)のなかで明かしているようだ。

 講演の中でハイデガーは高名で「生の哲学」で哲学史に名を残しているディルタイよりもヨルク伯爵の学識と哲学的射程の的確さを高く評価しているのが、これまでの定説を覆した資料として面白いと思う。講演ではハイデガーが聴衆にできるだけわかりやすく話そうとする「気遣い」が滲み出ている。有名な「死の先駆的覚悟性」といったハイデガー独特の用語も、あくまでも「比較的」であるが丁寧に説明している。

  再読、再々読して読み取った一端なりとも記していきたい。

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