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2006年12月27日 (水)

戦の意志

 先のブログで12月8日の日刊紙3紙を読み比べたことを書いた。そのとき産経新聞の「正論」の切抜きがどこかへいっていたのが見つかった。執筆者は新保祐司という文芸評論家・都留文科大学教授という肩書きの人だ。

 氏は9・11が起きた数年前の正月休み前にハワイへ行かれたと言う。別に行きたくもなかったそうだが、そこで山本七平の「小林秀雄の流儀」が文庫化されるにあたり解説を依頼されていたのでプールサイドでその本を読んで過ごしていた。せっかく来たハワイなのだから真珠湾へも行った、という。そのような私的な話から三島由紀夫の「豊饒の海」、ツヴァイクの「歴史の決定的瞬間」などを引き合いに出す。アカショウビンが触発されるのは、氏が山本七平氏の小林論を読みながら思い出したという小林秀雄の「戦争と平和」という文章だ。それはアカショウビンもかつて読んでいる。小林は昭和17年3月の元旦の「帝国海軍真珠湾爆撃の写真」が載っている新聞の写真を眺め考えたことを「戦争と平和」というタイトルで「文学界」3月号に書いた。

 新保氏の引用されている箇所の前半は割愛して、その後の小林の文章は次の通りである。

 「心ないカメラの眼が見たところは、生死を超えた人間たちの見たところと大変よく似てゐるのではあるまいか。何故なら、戦の意志が、あらゆる無用な思想を殺しさつてゐるからだ」。

 こういう言説は保田與重郎の思想というか覚悟と近似している。というよりも同根の心の昂揚と覚悟だろう。それは戦後に保田や小林が批判された「思想」の典型的な例として何度も思想家、文学者や哲学者、評論家、詩人の論説のなかで繰り返し引用され論評されている。それは「左翼」から「右翼」的言辞として切って捨てられた批評文でもあろう。

 それに対するアカショウビンの疑問や同感や違和や共感は、このブログの通奏低音でもある。

 「正論」の新保氏の論説の結語はこうである。

 「戦の意志」を喪失した戦後の日本人が今日、真珠湾攻撃を振り返るとき、「あらゆる無用な思想」を語るであろう。しかし、大事なのは、まずそれを「歴史の決定的瞬間」と深く感受して、重く沈黙することである。

  この結論はナカナカかっこ良い。しかし「戦の意志」を喪失した日本「国民」を新保氏は情けない「国民」としてダメだと言うのであろうか?「正論」に書く論説であることを意識しての主張でもあるだろう。しかし、この小林の「戦の意志」という言葉に込めた意味と新保氏が引用する「戦の意志」とは異なるのではないか?それは考察してみたい挑発を感じるのでいずれ試みてみる。

 ところで「硫黄島からの手紙」は27日の毎日新聞の夕刊で中西 寛氏が「硫黄島に学ぶ日米関係」というタイトルで書いておられる。曰く、米国でも、と中西氏は書いておられるが、日本でもそうなのか知らないけれども「硫黄島からの手紙」は前作より好評で公開が二カ月も早められたという。

 中西氏はイーストウッドが「父親たちの星条旗」を撮っているときに栗林中将に興味を抱き、もう一作撮ることにした、という監督にインタビューした村井真郎という人の「諸君!」に載った記事から引用し監督が「いままでのハリウッド映画のような描き方をするつもりはない」と明言した、ということも伝えている。

 話がアレコレ飛びすぎた。夜も遅い。明日で会社は一応、仕事おさめ。だが仕事は残っている。サラリーマンは気楽な稼業でもないのだ。小林秀雄の昭和17年前後の文章は保田與重郎のものと併せ読むと何か「発見」もありそうだ。年末・年始に更に読み直していこう。多分やらないだろう大掃除をしながら。

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