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2006年11月 5日 (日)

手塚治虫

 NHKが手塚治虫を取り上げている。実に興味深い。手塚という漫画家はアカショウビンにとって単なる漫画家ではない。むしろ「思想家」と言ったほうがよい人だ。戦後の悪書追放運動で漫画が糾弾されたときに悩み反発したことも初めて知った。戦時中の空襲で眼にした惨状が手塚にとって決定的な転機となったことは戦争を経験した人たちには共感するところも多い筈だ。戦争を知らないアカショウビンにも氏の心の変化は作品を通していくらかは伝わったと思っている。

 アカショウビンは高校生の頃に手塚が生涯のライフワークとして書き継いでいた「火の鳥」に驚愕した。特に「鳳凰篇」は、その後何度も読み返し、そのたびに感銘を新たにする作品である。「鉄腕アトム」や「りぼんの騎士」の作者が世界観、生命観、宇宙観まで豊饒なパースペクティヴを持っていることに瞠目したのである。 

  小林秀雄が亡くなった時に、新聞には「巨星落つ」といった報道もされた。それに朝日新聞の記者だった本多勝一氏が反発して手塚治虫こそ巨星だと述べていた。それは両者に共感するアカショウビンにとって本多氏の論説には半分賛成、半分反対だった。小林秀雄と手塚治虫。この一見関係のなさそうな二人はアカショウビンの中では同居しているのである。

  手塚が晩年近くになって子供達がわからなくなった、と発する言葉は痛切だ。最近の子供達の異常は既にその頃から始まっていたのだろう。それをもっとも敏感に感じていた人が手塚だと思う。

 仏教の輪廻があるとするなら僕の来世はミジンコという言葉も手塚らしい。

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