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2006年11月17日 (金)

C・イーストウッド再論

 1997年に製作された「真夜中のサバナ」をDVDで購入し先日観た。昨日の朝はNHKで監督へのインタビューのさわりが放映されていた。監督も既に76歳という。それにしてもイーストウッドの茶目っ気と老いの姿はヒトという存在の成熟とゆとりの貴重さを感じ取った。新作はアカショウビンには決して出来の良い作品とは思えなかったが監督の真摯で誠実な人柄は画面の奥に視線として感じ取ることは可能だ。

 この1997年の作品は、それなりに監督の技量と問題意識が良く表現されていてエンターテイメントとして悪くない仕上がりと思う。そこに透けて見える監督の狙いは朧げながら確認できなくはない。同作品は米国社会における同性愛問題の位置づけを絡ませた裁判劇だ。新作の「父親たちの星条旗」では一人のネイティヴ・インディアンにスポットを当てて人種差別問題にも触れている。そういう、作品の中核ともいう構成要素に重いテーマを持ってくるところにイーストウッドという人の知性が垣間見える。「ミリオンダラー・ベイビー」は安楽死問題にも切り込んでいた。

 同性愛・人種差別・安楽死といったテーマは洋の東西を問わず人間というか人類が抱える「重い」テーマだ。そこに果敢に切り込む姿勢はC・イーストウッドという作家の精神的な境位を測るうえで興味深い。そういったテーマを扱う時に、そればかりが強調されては平凡な日常を軸に生きる通常の観客は目を背けてしまうだろう。 そういった重いテーマを扱いながら、それを作品として面白く構成するのが映像作家の才覚というものだ。その意味でC・イーストウッドという監督は技術と精神の絶妙の平衡を維持し作品を取り続けている貴重な作家と思うのだ。更に「硫黄島からの手紙」を観るまで未見の他作品も観ていきながら監督の真骨頂とでもいうものを追求してみよう。

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