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2006年11月 5日 (日)

C・イーストウッド監督について

 評判の「父親たちの星条旗」を観てきた。「硫黄島からの手紙」を観てから感想を書くつもりでいたが、とりあえず連作の一本を観た感想を書いておこう。

 一言で言って、これは原作を読んでいなければわかりにくい作品である。何故か。CGを駆使した凄まじい戦闘シーンはともかく、回想シーンに現れる当時の過去と、それを追想する「現在」の複数の人物像が錯綜していることがひとつ。それと日本軍を描かない米国からの視点のみで描き挙げられている歪さもある。それは次の「硫黄島からの手紙」で補充されるということだろうが原作を読まない者にはかなり不案内な仕上がりというのがアカショウビンの印象だった。それと何故、今「イオウジマ」なのかという疑問も生じる。日本人なら「オキナワ」に対する思い入れのほうが強い。しかし硫黄島の戦闘も沖縄と同じように日米の戦争の姿を象徴する戦闘である。物量主義と精神主義といった対比でも概括できよう。

 それはともかく、アカショウビンの独断では「ミリオンダラー・ベイビー」のほうが、まだわかりやすかった。こちらは安楽死という難しい問題も含まれているが、作品の仕上がりは充分に見事というしかなかった。

 C・イーストウッドという「監督」の力量は先のブログでも書いたようにアカショウビンは了解している。今回の2作の公開に乗じてDVDで他作品も販売された。未見の「センチメンタル・アドヴェンチャー」(1982年)という作品も観た。原題は「HONKYTONK MAN」。こちらのほうが監督の感性のナイーヴさを良く現わしていると思う。その感性というのは音楽に良く現れている。「父親たちの星条旗」にも「ミリオン・ダラー・ベイビー」の中にも、それは随所に出てくる。前者では監督のオリジナルである音楽がピアノやギターで流れる。それは実に心安らぐ効果をもたらす。ジャズやブルース、カントリー・ミュージックに造詣の深いイーストウッドならではのものといえるだろう。

 「硫黄島からの手紙」は来月公開というから、それまでにイーストウッドの他作品もDVDで観ながら改めて感想を書こう。

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