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2006年10月 5日 (木)

私は決心しました(続)

  この文脈に非常な違和感を感じる。憂国の情と己の美学に殉じた三島の観念的自殺と、一人の少女のまことに現実感ある無名の自殺とを同じ自死という捉らえ方で括ることにそもそものムリがある。
三島は著名人であったからには、自らの言説の影響力を十分に意識して自らの死を準備したといいうる。先の戦争の大義名分の下に、何等の悔恨も庶民的痛覚もなき著名人の自殺がマスコミに大きく取り上げられだけでも、影響力は大きい。お門違いの国家主義者をしゃしゃり出させるいいキッカケにはなっただろう。☆だが『英霊の声』などを僅かも受容する悪しき精神主義の亡霊が巣くう日本人の心底には、真の平和への希求や戦争根絶のまったき平衡感覚は生まれえぬと感じる。☆他にも多言を費やさねば論じられぬこともあるので、この場では事足りぬ。悪しからず。

 スタボロさんから上記のコメントが寄せられたのでご返答しながら考察してみたい。

 女児の自死と乃木大将(!)や三島由紀夫(そこには朝日新聞に乗り込みピストル自殺した野村何某や文芸評論家 江藤 淳他の著名人の自裁者たちや、アカショウビンが学生の頃に話題になった高野悦子さんという女子大生の自死を連ねてもよい)という高名な小説家の自裁を自死として括ることの牽強付会は承知でアカショウビンは女児の自死に驚愕し先の書き込みをした。三島の割腹自殺は武士の死に様を再現したというのが一般的な解釈だが、吉本隆明(その名は一般流通していると思われるので、ご存命にも関わらず敬称を省かせていただく)の、「三島さんの死は、中国の封建社会の武人の自死を武士の死と錯覚したのもの(といった論旨だったはずだが)」といった論説を読んだときに、実に意外な視角から見ている人もあるのだな、と眼の覚める思いがした。

 高校生のアカショウビンは、あの日本人を驚愕させた、昭和45年11月25日の「事件」の思想的・歴史的・文化史的・人間的理解を求めて、あるいは、その不可解さの原因をその後の人生で問い続けてきたと言うこともできる。それは政治的な左右両翼の言説とは絡み合いながらも、それを超克する言説を試行錯誤してきたと言ってもよい。それは先のブログの「チョムスキーと天皇」でM尾君の言説に対抗する言説としても表明されている。そこで「天皇」や「天皇制」を論じることは必然性を帯びるものとアカショウビンは考える。その考察を封じる言説にはマナジリを決して対抗するしかない(笑)。

 かように昨年の5月から開設した当ブログではアカショウビンの独断と偏見の考察・論説・思索が続けられている。それは極力情勢的な発言とは距離をとりながらも時に敢えてその禁を犯すものでもあった。

 しかし「英霊の聲」を「僅かも受容する悪しき精神主義が巣食う日本人の心底には真の平和の希求や戦争根絶のまったき平衡感覚は生まれえぬ」と切って捨ててよいのだろうか?あの作品で小説という形式を借りて自分の思想を表出した三島の「声」は再考する価値を有するのではないか?左翼的思想が切って捨てる思考停止とでもいった言説は現在のアカショウビンからすれば余りに独断的と見える。そういう視角から三島由紀夫という存在を新たに思索し直すことは戦後の思想空間を、もう一度深く捉え直すうえで不可欠と考える。それは三島を神格化しがちな思考とは異なる位相で展開されなければならないのはいうまでもない。また、それは保田與重郎という文人・思想家の言説を併せて再考していくのがアカショウビンのスタンスであることは強調しておきたい。それはまた、本居宣長の国学思想や平田篤胤の神道思想を介し日本という国家の歴史を遡る思索でもある。先日は富岡多恵子さんの「釋 迢空ノート」や渡辺京二さんの「神風連とその時代」の復刻本にも眼を通し刺激的な思索に出会ったので併せて感想を書き込んでいきたい。スタボロさんには、その点で是非とも多言を費やして頂きたいと思う。

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コメント

果たして国学思想や神道思想を通して日本という国家の歴史を遡るということで事足りるのか?それらは先の戦争の大義名分に利用され、三百万人強の犠牲を強いた国家滅亡に加担はしなかったか?☆左翼思想云々という言い方をしているが、それはアカショウビン氏自身の座視を正当化するスタンスではないか?☆たとえば中江藤樹、熊沢蕃山、近代の諭吉、兆民、鑑三、天心などの思想や丸山真男の業績などもきちんと踏まえる必要があるのではないか。また広島、長崎の原爆投下の経緯やその後の日米の政治関係、被爆の様相なども認識する必要があると考える

投稿: スタボロ | 2006年10月 6日 (金) 午前 10時32分

あまり分野を拡大すると、検証自体が腰砕けになる可能性があるので、一番気になったことを述べておきたい。
三島の割腹事件はホントウに日本中が驚愕したのか、ということである。それは三島本人のアジテイトとマスコミの大騒ぎによって、より喧伝されたのではないかということである。 当時高校生だった私には、『潮騒』『仮面の告白』以上以下の作家ではなかった。まして政治的には革新勢力が抬頭していた時勢に、自衛隊の蜂起を呼び掛けに市ヶ谷駐屯地に乱入し、その不本意に自死したと報道されてもなんと時代錯誤な行為だろう(続く)

投稿: スタボロ | 2006年10月 8日 (日) 午後 06時27分

としか映らなかった。その後『英霊の聲』や対談での発言を知るに及び、なんのことはない二、二六事件の青年将校や特攻隊長の心情に憧れる軍人精神的ヒロイズムニに憑かれうかれているだけなのだと合点した。その文学的才能が抜群であり、ノーベル賞を所望ししかも候補になっていたことを考え合わせれば、その政治思想の錯誤ともいえる稚拙さと行為は、世界中に日本人を誤解される種を蒔き恥をさらしたといえるだろう。☆私はその才能と作品価値は素晴らしいと思うが、そのアンバランスな政治指向と行動には諾うことができないのである。

投稿: スタボロ | 2006年10月 8日 (日) 午後 06時49分

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