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2006年10月15日 (日)

モーツァルトの音楽

 アカショウビンの日常に音楽は欠かせない。昨日観た「フラガール」の物語とハワイアン音楽にはホロリとさせられた。今夜はNHKで生誕250周年を記念しザルツブルグで開催されたモーツァルト・ガラ・コンサートを楽しんでいる。近年、売り出し中のの英国の若手指揮者、ダニエル・ハーディングがウィーン・フィルを指揮するガラ・コンサートも居ながらにして楽しめる幸せに感謝しよう。

 モーツァルトが生涯に作曲した22のオペラのうちアカショウビンが愛聴しているのはせいぜい5か6くらいである。初期のオペラは殆ど上演されることもないだろうし、CDやDVDでも有名作品や幾つかの初期の作品しか上演も録音もされていないと思う。それが生誕250周年の大騒ぎのなかで彼の地でほぼ全作が演奏され、それを楽しめる人々は羨ましい限りである。薄給サラリーマンのアカショウビンも金があれば飛んでいきたいのだが(笑)。

 それにしてもモーツァルトとは何者か、という問いは、もっと突っ込んで問いたくなる主題である。

 アカショウビンの場合はポップスからカンツォーネ(当時はイタリアのサン・レモ音楽祭というのが人気だった)、クラシックなどの西洋音楽に目覚めた中学から高校時代に読んだ小林秀雄の「モーツァルト」がその機縁となっている。日本の文壇や音楽界でも、それは通らなければならないマイルストーンの一つだろう。それを読んで以降は、現在もご壮健でおられる音楽評論家、宇野功芳氏はじめ諸氏の推薦演奏を参考に未だにモーツァルトや西洋古典音楽とは付き合い続けている。

 それにしてもモーツァルトの音楽の全容は、こういう機会を通しても計り知れないほどの多様性と深みをもっていることは疑いない。たかが西洋古典音楽という御仁もあろう。しかし、その音楽の真髄に向き合った人は、恐らく生涯、それに囚われてしまうほどの魅力を持つ音楽である。たかが西洋音楽、されど西洋音楽なのである。

 昨今の息苦しい政情の中でモーツァルトの音楽を楽しめる幸せを、今のうちに、存分に味わっておきたい。

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