« モーツァルトの音楽 | トップページ | なかじきり »

2006年10月18日 (水)

滅びの美学

 或るブログで「滅びの美学」という文章に出会った。

 東京の下町に育ったブログ氏は、会社のあるビルの十三階から向島と山谷の間を隅田川が流れる景色を見下ろしながら荷風を想起する。そして荷風は、この街の何に惹かれたのだろうか、と自問する。陋巷趣味か、廃滅のロマンチズムか、と。更に川本三郎氏を引用し「それは一種の滅びの美学というものである」と述べる。

 また云う。 「いわんや人の一生においておや」滅びの美学を含まない思想というものは、思想たりえない。ただの理屈であり、希望を語っているに過ぎない。なぜなら、人も街も等しく滅びてゆく宿命を負っていることをどこかで見ないようにしているからである。陋巷を歩くことで、その宿命の深淵に身をゆだねて見る。それは時間というものの深淵である。言葉にすれば野暮である。

 かつて江藤 淳が自裁する前に書き残した「南洲残影」(文藝春秋社 平成10年3月10日)で西郷南州の生き様と死に様を「滅びの美学」と述べていた。先のアカショウビンの林 櫻園への関心に叱責とも受け取れる揶揄があった。それはともかく、櫻園にも「滅びの美学」があったのか、と問うてみよう。一戦交えて戦闘には敗れても戦争に勝てば、こちらの言い分が通る、という櫻園の戦略に「滅びの美学」は看て取れるだろうか?

 渡辺京二氏の次の文章も挙げて再考していきたい。

   明治29年に「血史」を書き神風連をもっとも早く顕彰した紅涙散民こと木村弦雄は櫻園の攘夷論が巷間論われる無謀過激の論ではなく、「唯結局の覚悟を戦に究る」意味のものだという。何気ない言葉であるが、これは重要である。(「神風連とその時代」 洋泉社 p149) 

  渡辺氏は、櫻園の攘夷論を思想的軍事的に見ても幕末一等のものと評価する。櫻園の独自性は、「我が国が神国だから夷狄を近づけると国土が汚れるから攘夷するというのではない。水戸老公のように、我が国は物産豊かで交易は有害無益だから鎖国を守るというのでもない。開国か鎖国か、という問題の立て方は彼には存在しない。何が問題なのか。日本人が独立自尊の民族たりうるかどうかだけが、彼にとって問題なのである。(p150)

  この視点から導出される櫻園の説いた言説は明晰で事の本質を見抜いている。 また氏の次の指摘も共感する。  

  当時全国的に燃えさかっていた攘夷の狂熱を国民遊撃戦争に組織できたとしたならば、そのなかでの消耗に耐えうる西欧列強がどこにあったっだろうか。私たちは必然的にあのヴェトナム生活民の「客兵」に対する徹底抗戦を想起する。(p152)

  揶揄氏も、至らぬアカショウビンの考察に、もう少し詳しくご高察をご教示頂きたい。

 またブログ氏の「陋巷を歩くことで、その宿命の深淵に身をゆだねて見る。それは時間というものの深淵である」という感慨も考察するに値する感慨である。

|

« モーツァルトの音楽 | トップページ | なかじきり »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/12326386

この記事へのトラックバック一覧です: 滅びの美学:

« モーツァルトの音楽 | トップページ | なかじきり »