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2006年9月21日 (木)

チョムスキーと天皇(続)

 国連でベネズエラ大統領がブッシュを批判したときに持ち出したチョムスキーの発言は当時日本でも翻訳された。アカショウビンもそれを読み、巧妙に世界史から隠蔽されている米国という国の現代史に驚愕したのである。

 「9・11 アメリカに報復する資格はない!」(ノーム・チョムスキー 2001年11月30日 第1刷 山崎 淳[訳] 文藝春秋社)

 これを一読すればチョムスキーが暴露している米国の所業には誰もが驚かざるをえないだろう。それは中国の文化大革命で毛沢東が断行した粛清と比較もできる国家権力の容赦なさが暴かれている。それは虐殺された側からすれば「悪魔」となじっても足りないくらいの残虐さだ。

 事件後の1ヵ月の間にチョムスキーには概ねEメールでさまざまなインタビューがされた。早いものでは事件後の8日目に、、その後、最新のニュースに合せて編集、追加、改訂などが締め切りの10月5日まで続けられた、と編者のグレッグ・ルジェロ氏は冒頭のノートで書いている。そして、氏にチョムスキーは手紙を書き、「こうした事実は、いままで歴史からすっかり取り除かれてきた。屋根の上から大声で叫ぶ必要があるんだ」と言ったという。

 チョムスキーの言説は米国社会の戦争礼賛の中で実に痛烈な国家批判である。第1章は「真珠湾と対比するのは誤り」というタイトルになっている。

  米国政府は報復を最初は「十字軍」と言う言葉を使った。ところが、もしイスラーム世界の国の同盟参加をも望むのであれば、これは重大な間違いだという指摘を受けて「戦争」というレトリックに変えた、とチョムスキーは言う。1991年の湾岸戦争は「一つの戦争」、セルビア爆撃は「人道的介入」と呼ばれたから、決して(戦争とは)新規な使い方ではない。19世紀に欧州が帝国主義的冒険をするときの標準的説明がこれだだった、として「人道的介入」に関する、2001年当時の、「ある重要な研究書」を引き第二次世界大戦期における三つの「人道的介入」を挙げる。

 ①日本の満州侵略 ②ムッソリーニのエチオピア侵攻 ③ヒットラーのズデーテンラントの占領

 である。研究書の著者は、この言葉が適切だとは言ってない、とチョムスキーは断わりながらも著者は、犯罪は「人道」の仮面をかぶって行われたと言っている、と説明する。

 かように、この歴史認識は当然私たち「日本人」にも関わってくるとともにチョムスキーの言説が米国という国家でどのようなリアクションを受けたか、少し国際社会に関心があるのなら高校生でも分かる話である。この本のタイトルは孤立を覚悟し命を賭けた歴史事実の暴露といえる。

 その勇気を先ず讃えようではないか。アカショウビンの知る限り、チョムスキーの言説に対応するメッセージを発した物書き・知識人は誰よりも辺見 庸氏をあげなければならない。氏のこの5年間の著作と言説は、正に体を張った論説だからである。

 先の書き込みには載せなかったが、友人のM尾君は酔談の席とはいえアカショウビンに、北朝鮮や中国の社会主義政権の政体を否定するのなら、お前はどういう政体が良いのだ、と訊ねてきた。彼は天皇制を支持する、と断言し、お前は何だと聞く。とりあえずアカショウビンは「共和制」だと答えた。M尾君は、何か得心したように、ふん、そうか!といった反応を示した。それにしても右傾化の風潮の中で、飲み屋で、俺は天皇制を指示するというのは、サラリーマンの酒の勢いで、そこここで放言されていることの一つとして聞き流すことも出来よう。しかし政治家は責任を負う。イシハラ、コイズミ、オザワ、カン、カンザキ、すべてそうである。イシハラの東京都教職員への「君が代」強制に対する違憲判決は小泉政権を継ぐ安倍政権へのカウンターパンチの効果くらいはあっただろう。アカショウビンは最近の石原発言の軽挙妄動を読み聞きしながら石原の狼狽と餓鬼のようなイキガリを面白く見たことを白状しよう。

 それも含めてM尾君や諸氏の言説は再考しアカショウビンは応答するつもりである。くれぐれも安倍、石原、小泉のレベルを超えた展開になるようにしたい。。どうせ彼らと同レベルだろうと「邪推」されるのも心外だろうから簡潔で詳細なコメントを期待する。

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コメント

 君のブログだから、長い文章で反論するつもりはない。しかし人を勝手に独断、偏見、邪推、そして針小棒大に書いてそのままというのは許されるものではない。やってはいけない。したがって要点だけかいつまんで書く。
①中国、韓国に関しては、近代東アジア史をベースに語ってきたつもりだ。君があまり知らなかったのは仕方がない。しかし君の場合、中国は神聖にして侵すべからず。外務省のチャイナスクールも真っ青のチャイナファン。とまれ少しは勉強してもらいたかった。
②石原、小泉等に関してはなにも言うつもりはない。批判は君の好きな朝日新聞にまかせておけばよろしいのでは?。地裁判決で、あたかも鬼の首をとったかのような言動は如何なものか?
③昔橋川文三が竹内好に、活字になることの責任の重さを戒めとして言われたことがあるそうな。ブログは活字ではないが、やはり読む人間がいるという点では、責任が発生する。これを忘れないでもらいたい。

投稿: 師匠 | 2006年9月25日 (月) 午後 07時47分

M尾君へ。独断、偏見、邪推と言う言葉が、こういう場で出てくるということへ対処する難しさというのはあるね。先のブログは酒席での話を少し面白く(というのは君を「悪役」にするつもりはさらさらないよ。それは理解してもらいたい)書いただけだよ。ただ話された内容はブログという場で公のものとして議論・展開させるに値すると思うから書いたことだけはわかってほしいね。
 「近代東アジア史」はこれから益々重要になってくるのは同感だよ。それは政治的なレベルで済まされる問題ではないというのがアカショウビンの立場であることはわかって頂けるだろうか?アカショウビンは「中国を神聖にして侵すべからず」と考えたことは一度もないよ。「中国の赤い星」という著作は高校生の頃に読んで毛沢東や周恩来、朱徳らの姿が実に生き生きと描かれていたから素直に面白かっただけ。それで毛沢東や共産党の信奉者になったわけでもなんでもない。それは君の「誤解」だよ。また朝日新聞が好きなわけでもない。朝日に限らず書き手への関心で読むだけだね。アカショウビンの主たる購読紙はご承知の通り中学2年の頃から毎日新聞だ。
 ②は別に左翼マスコミが「鬼の首をとった」ように報じていることに同感しているわけでもなんでもない。あれは高裁・最高裁でいくらでもひっくり返る可能性があると思っている。アカショウビンは言われるほど能天気ではないよ。
 ③については難しい問題だと思うね。アカショウビンが考えているブログという道具と場は、世間も君も言う通り有効なビジネスの場になりうる新しい道具と思う。しかしご承知の通りアカショウビンはそういうつもりはまるでなく、この道具を日記というスタイルも含めて日頃の思考・思索を公的なものとして書き残す場と心得ている。まぁ、備忘録と思索の場というところかな。その点はご諒解いただきたいね。
 それにしても最初の書き込みは、笑いをとる下心もあったのだが、小生の文才のなさか、誤解を生じた(のかもしれない)ことは遺憾だね。
 君の返信も妙に硬直しているというのか畏まって変だよ(笑)。日頃の貴説のように笑いの一つも取る努力を怠ってはならないね。
 ともあれ当ブログでは友人をダシに使うことはあっても貶めることはないことは明言しておくよ。

投稿: アカショウビン | 2006年9月26日 (火) 午前 07時12分

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