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2006年8月 2日 (水)

追悼と将棋名人戦

 7月31日、吉村 昭氏と鶴見和子氏が相次いで亡くなられた。お二人の著作を楽しみながら学んだ者として心から哀悼の意を表したい。

  昨日から新潟へ一泊出張。赤塚から新発田までレンタカーで駆けずり回った。きょうは仕事先の担当者さんが、「きょうから長岡の花火大会が始まるよ。もう一泊して帰ったら」と親切なアドバイスも。しかし哀しきものは俸給生活者。そういうわけにもいかずビールを買い込み新幹線に飛び乗った。

 ところが神か仏は何を思われたか粋な計らいを。電車が長岡に滑りこもうとするころ、何と宵闇に光の玉が面白くも美しく空を彩っているではないか。その偶然を天の采配と承り何十年ぶりかで句を詠んだ。

  おもしろく光玉散る宵の空

  花火は地上から人魂のようにひょろひょろと上昇する。

  人魂が光となりぬ遅き夏  

   空には月も見える。

   上弦の月はかかりて魂も見る

 一昨日、将棋名人戦が棋士総会で毎日新聞から朝日新聞に移行することになった。その結果は意外だった。これまでの経緯を注視していたアカショウビンとしては毎日新聞に収まって事なきを得る、というのがヨミ筋だったからだ。一日の棋士総会で191人の投票の結果11票の僅差というからファンとしても仕方がないか、と思う。さりながら経緯に注目しマスコミ報道を読みアレコレ考えた者としては何か釈然としない感じも残る。しかし米長会長の言う如く「将棋界が一致団結し」て将棋文化の普及に励むことは一人のファンとして歓迎する。

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