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2006年8月15日 (火)

戦争の罪

 昨年読んだヤスパースの「戦争の罪を問う」という著作を、この敗戦の日、もう一度取り上げてみることは無駄ではないと思う。

 ヤスパースは戦後の講義の中でドイツにおける戦争の罪を4つに区別して思索している。①刑法上の罪②政治上の罪③道徳上の罪④形而上の罪、である。このうち④が私達も再考すべきヤスパースの問題提起である。

 この講義は書物として出版され友人のハイデガーにも献呈されたがハイデガーはヤスパースへのお礼の手紙の中で、別の作品に言及するのみで、この論文(講義)を論評しなかった。というよりまったく無視した。それから二人の間には溝ができた。その経緯を知ると、二人の間で、この論文の行間に潜む意味はアカショウビンには別の文脈で興味深い。ここでは④の意味するところを、我が国の鎮魂の日にあたりアカショウビンも一人の国民として思考していきたい。ヤスパースは④を次のように説明している。

 「私が他人の殺害を阻止するために命を投げ出さないで手をこまねいていたとすれば、私は自分に罪があるように感ずるが、この罪は法律的、政治的、道徳的には適切に理解ができない」。

 このヤスパースの思索を一人の日本人として、あるいは個人として、どのように考えるか?

 アカショウビンは先の戦争での日本軍の「部分的な」行為は道徳的にも責任があると思うのだが、それと形而上的なものとは、それなりの懸隔があると考える。先の大戦については合祀云々ではなく、日本人が国民として負わなければならない責任と考える。対戦国には政治的、道徳的にも責任があると考える。それは逆もまた真である。原爆投下という非道を日本人は米国と米国国民はじめ世界に問わなければならぬ。

 あの戦争に反対した個々人はいるであろう。しかし、彼らが、それを一部の軍人に帰することには無理があるだろう。東條英機は責任を自覚し敵国の違法な裁判を受ける辱めを拒否すべく自決しようとしたのである。

 問題は天皇である。先のブログでも引いたチョムスキー氏は、責任は天皇裕仁にある、と明白に辺見氏に述べている。辺見氏を前にし、あなたたち日本人は何もしてこなかったではないか、と言うのである。それは歴史的事実として世界史に記載されるはずだ。国家、国民の取るべき態度として、それは「世界」から容認されていない、というのがチョムスキー氏の発言の根拠である。

 国家と言い、国民と言うならば、それは日本国民という限り、それは共に背負わなければならない「くびき」であるとアカショウビンは思うのである。「くびき」とはキリスト教文化圏の用語である。それは、そういう用語を使えば、ある程度理解できるかもしれないが、厳密に考えてみるべき急所だと思う。それは昨年暮れのブログにも書き込んだ「赦し」という用語とも呼応している。それは大晦日のブログをご参照いただきたい。

 日本国民が「世界史」に参加して発言の場を得るとすれば、とりあえず国民国家として発言しなければならない。しかし、それまでには個々人や集団の思い、考えが存在する。そこでは私たち日本人が日本国を考えるときに国籍や伝統文化、国語を基に定義し、それを自明とする考えは「民族誌的奇習」である(@内田樹氏)として「ユダヤ人」への理解は、そのような奇習に幽閉されている限り理解はできない、という指摘も忘れてはならないが。

  しかし、日本国の首相であれば国家の歴史の来し方を大国に諂うことなく正確に現在の立場を認識し背負い国際社会の中で発言するべきである。それを時の首相はじめ日本という国は果たして遂行しているのか、というのが、我々の「現在」に問われている問いであろう。チョムスキー氏を、あるいは米国民を含め中国、韓国の近隣諸国、ひいては世界の人々をどのように説得できるか?その回答が辺見 庸氏や私たちに課せられている世界史的な回答ではないかと思う。これは簡単な問題ではない。この夏が過ぎるまでに集中し熟慮し思考していきたい。

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