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2006年7月16日 (日)

弘忍から慧能へ

 夕刊紙で、中国に渡っておられる五木寛之氏が中国禅についてレポートされている。アカショウビンも興味深く拝見している。その中で五木氏は弘忍と慧能のエピソードに注目する。弘忍とは中国禅の五祖で、慧能とは六祖のことである。その法の伝達のされ方は日本の禅と異なり中国禅の面白いところが如実に現れていて興味深い。

 仏教では、釈尊が摩訶迦葉に「拈華微笑」という形で法を伝達した例をはじめ、達磨以来の禅でも法が引き継がれていく経緯は独特だ。特に禅は修行も他の宗派とは著しく様相を異にする。それが後世の人々の様々な論評を生んだ。日本の栄西や道元を含め空海や最澄ら中国仏教と関わった禅者、仏教徒の言説が海を渡ったことによって大きく変化したことは史実に明らかだ。

 五木氏は慧能のことを次のように書いておられる。失礼して引用させて頂く。

 「偶然に聞いた金剛教の一節に、火箸で胸をさしつらぬかれたような感動をおぼえ、すべてをなげうって寺へやってきた男」。慧能は風采の上がらぬ無学な小男だったようだ。弘忍の道場で、それはライバルというのでもなく、秀才の神秀とは雲泥の差があったのであろう。世評は弘忍の後継者は神秀というのがもっぱらだったが弘忍は慧能に決める。

 この後のエピソードは実に面白い。アカショウビンも久しぶりに祖師たちの言説を禅語録に探りながら、この世に生きる、とはどういうことか?この世に存在する、ということはどういうことなのか?と改めて問うてみよう。

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