« 田中一村と蝶 | トップページ | 頭蓋骨に打ち込まれる鉄道線路 »

2006年6月19日 (月)

T君とK君への手紙

  広島へ転勤したT君と沖縄から東京へ転勤してきたK君へ。転勤族はつらいね。それにしてもT君の場合、先の任地は2年くらいじゃなかっただろうか。少しサイクルが早すぎるのではないか?高校生や大学生の子供を抱え仕事も多忙の貴君達から見ると独身で気ままなアカショウビンは気楽に見えるだろう。けれども、こちらも仕事はマンネリ。会社の業績不振で多くもない給料を減給されるは、そのくせ仕事の負担は多くなるは、で散々なのだ。

 人生50年を越えて生きると来し方行く末を朧に脳裏に浮かべることも多くなる昨今だ。先日、遅まきながら話題の「国家の品格」という本を読んだ。この本を紹介して我が業界のトップも企業の品格、業界の品格を強調していた。それはともかく著者の藤原正彦氏は数学者だが父君の影響もあるのだろう、新渡戸稲造の「武士道」の愛読者でもある。若い頃の米国留学体験から我が国の文化の貴重さに思い至り、もののあはれにも思索をめぐらす御仁だ。著者の主張に8割は賛成だ。特に第1章の「近代合理精神の限界」から説き起こすあたりは興味深い。アカショウビンが興味深く読んでいる保田與重郎の主張の根幹と重なるところもある。この本の感想は既にこのブログでいくらか書いているのでご覧頂きたい。この著作については殆どが礼賛、絶賛の声が巷に満ち溢れているの観ありだが異なる角度から論じる必要性もあると思われる。その辺りは、そのつど、ここに書き込むつもりだ。

 私達が高校生の頃は大学の学生運動が収束する過程で私たちなりに社会への眼も開かれ、それなりの野心をもって生きていたのを思い出す。意気は軒昂、未来へ漕ぎ出す希望と不安の中でヒリヒリとした時を共に過ごしたよな。あれから30数年が過ぎた。人生も後半戦に入った。小生は病も得たが何とか生き延びている。T君からの葉書の「地域経済の活性化に貢献できるよう微力ながら精一杯努力いたす所存」の言や良し。「時代の激流に流されるまま」とは小生も同じだが、少しは反撃もしなければならないだろう。K君も実に十数年ぶりに本社への栄転だ、近く一杯やりたいね。健康にはくれぐれも留意されて貴君たちの益々のご健闘を心より祈る。

|

« 田中一村と蝶 | トップページ | 頭蓋骨に打ち込まれる鉄道線路 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/10599654

この記事へのトラックバック一覧です: T君とK君への手紙:

« 田中一村と蝶 | トップページ | 頭蓋骨に打ち込まれる鉄道線路 »