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2006年6月 9日 (金)

この国の品格

 6日に日帰り仕事で山形の高畠へ行って来た。東北新幹線「つばさ」は福島で切り離され、米沢から山形へ向かう。同じ経路を冬に辿る時の景観の変化とは何という違いか!南島生まれのアカショウビンには、この美しさは異郷のものである。冬に福島から米沢に入る景色の変化は日本という国に棲む楽しさを思い知らせる。

 その間に携帯した本は藤原正彦氏の「国家の品格」と保田與重郎の「萬葉集の精神」。この二冊を山形の田園風景を楽しみながらパラパラ読む。そこがアカショウビンらしいところである。何のこっちゃ、と言うなかれ。雪景色から緑なす山並みと米沢から山形への景色の変化には瞠目しながら、この国の姿と観念を比較分析、綜合しようと悪戦する。これがアカショウビンの、この世に棲む楽しみなのである。

 で、「国家の品格」は?「萬葉集の精神」は?まぁ、まぁ、急ぐなかれ。貴兄弟も貴姉妹も、ゆるりと、この世の不可思議と愚劣と快楽を併せ楽しむに如かず。

 日本有数の穀倉地帯を移動しながら、アカショウビンは現今の小学校教育に関して藤原氏が「小学生が新聞の経済欄なんかに目を通す必要はありません。ましてや株価欄に目を通す必要などまったくない。もっとはっきり言うと、社会に目を開く必要すらない。そんな暇があったら漢字を、国語をきちんと学び、足し算、引き算、掛け算、割り算、分数、小数をきちんと学ぶことです。」という主張に激しく同意するのである。

 氏はインド人が19×19の暗算が出来るように教育されていることを指摘しインドでの昨今のコンピューター産業の進歩・発展の理由はそこにもある(取意)と述べている。その事実は初めて知って驚く。なるほど!九九では太刀打ちできないわけだ(笑)。だからといって、日本もインドに対抗するのか?コンピューター産業でインドや韓国に負けないためにそれを強要すれば良いのか?

 それは現実の、この国が遭遇しているアホらしくも真面目でもありかねない教育の現状ではないのか? 

 まさか、ではあろう。しかし世の父親や母親が教師たちにインド人を越えるためには、あるいはコンピューターに習熟するために、19×19の暗算を我が息子や娘に叩きこんでください、と教師たちに懇願したとしよう。そうなれば、この国は果たして衰亡するや繁栄するや否や?そこから、この国の行く末を思索するのも面白くなくはないだろうか?

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